25:アヤカ、団長室におしかける
「アヤカ! 無事だったんですね!」
声のする頭上を見上げると、黒い鳥に乗ったユスティンがいた。
「ユスティン?」
よく見ると、黒い鳥は幽獣ではなく、可愛らしい顔のグリモだ。
(一体、どうやって、グリモを調達してきたのだろう……)
首をかしげるアヤカに、ユスティンが声をかけた。
「乗ってください。撤退しますよ」
「えっ……!?」
「ブリギッタが、騎士達に招集をかけてくれています。こんなにも幽獣が現れた以上、男子禁制だのなんだの言っていられませんから。第二騎士団全員で突入しますよ」
グリモにつけられた鞍の上に腰掛けたアヤカを抱くように、ユスティンが座ってグリモを操縦する。彼に密着する形になったアヤカは、よくわからない緊張感に頬が熱くなった。
「アヤカ、怪我はありませんか?」
「今回は無傷。ねえ、あの銀色の矢は、ユスティンが放ったの?」
「ええ、対幽獣用の即効性の毒を塗ってあります。たまに、毒のきかない種類もいるんですけどね。ところで、アヤカ。先に死んでいた猿達は、あなたが倒したんですよね?」
「そうだよ。あの猿、人間のモノマネをして神官達をおびき出していたんだと思う。ランタンを持って歩いたり、女の人の声を出したりして」
「なるほど、それで神官達は誘われて奴らの餌食になっていたわけですね……アヤカも、誘われたのですか?」
「うん。神官が一人で出歩いていると思って、声をかけに行ったら猿がいた」
ユスティンは、女装からいつもの騎士団の格好に着替えている。やはり、女装は気に入らなかったのだろう。
「あの、ユスティン。また、木剣を粉砕しちゃったんだけど……」
「おや、困りましたね。あなたの給料から差し引いておきます。それから、壊されていた扉や石像、ロウソク立ての弁償に関しても、あなたの給料から差し引いておきますね」
ブラック職場の騎士団長は、嫌な部分で目聡かった。
「分割じゃダメかな。あの石像って、かなり高そうだよね……」
「そうですね。職員の給料じゃ、完済まで二年はかかるでしょうね」
「ええっ!?」
「ですが、心配いりませんよ。あなたは、騎士ですから」
「どういうこと?」
「騎士の給料は職員の二倍以上。それに、「赤い夜」を無事に乗り越えれば、特別手当が支給されます。とはいえ、アヤカは、職員の方がいいんですよね。今から職員に戻すとなると……」
「待って、ユスティン! 私、騎士のままでいい!」
アヤカの言葉を受けたユスティンは、最上級の艶やかな笑みを浮かべたのだった。
第二騎士団は、夜明けを待たずに神殿内に入り、徹底的に猿達をあぶり出した。一つ一つの部屋を確認し、教会の全ての敷地をくまなく回る。
その結果、猿達の巣が発見された。
神官達が近寄ることの少ない、聖遺物の間に猿の群れが潜んでいたのだ。その中には成長途上の小猿もいたという。
過去の聖人の持ち物を祀ってあるという、立ち入り禁止の神聖な聖遺物の間。そのことが、神殿側の盲点となっていたのだ。
(聖人の持ち物って……シュウジのパンツや漫画本も、時間が経てば聖遺物になるのかな)
なんだか、馬鹿馬鹿しい話である。
聖人にならなくて良かったとアヤカは安堵した。自分の下着や臭い靴が祀られるだなんて、ただ恥ずかしいだけである。神官達に同情すら覚える。
夜が明けるまでに、猿達は全滅した。騎士団には、多少の怪我人は出たものの、犠牲者は出なかったようだ。
徹夜で仕事に当たった騎士達は、フラフラとした足取りで自拠点へ戻り、約六時間の特別休暇を手に入れたのだった。
ユスティンに連れられて騎士団宿舎に戻ったアヤカは、先に戻っていた蒼白な顔のブリギッタに捕まり、問答無用でベッドに寝かしつけられた。
アヤカが幽獣を倒す現場を見ていないとあって、ユスティンとブリギッタの言い合いは、今も続いている。
※
夕食時、第二騎士団の面々は、いつもよりも騒がしかった。
それぞれ、猿退治での自分の武勇伝を得意げに話している。その筆頭は、副団長のマルクだった。
厨房にいるアヤカは、ブリギッタと共に巨大な肉をぶつ切りにしながら、彼らの会話に耳を傾けていた。騎士達が座っているテーブル席の周りを、飲み物の乗った盆を持つ職員のミルが危なっかしげに歩き回っている。
「ああっ、重たいぃ〜」
ふらふらと歩くミルに、近くにいた騎士が駆け寄る。
「大丈夫? 俺が持とうか?」
「そ、そんなぁ〜、悪いですぅ〜。これは、私の仕事なのに〜」
「いいんだよ、ミルたんは、ここの癒し要員なんだから」
むさ苦しい男共の中に咲く一輪の花であるミルに、周囲は親切だ。それを、ブリギッタが、肉を切り刻みながら面白くなさそうに睨んでいる。
「まったく、あれくらいで重いだなんて、ふざけているの!? セクハラは嫌だとか言いながら、自分から男にすり寄っているんじゃない!」
「まあまあ、ブリギッタ……ちょっと肉が細かすぎない!?」
切り刻まれた肉が、ミンチ状になっている。
「それに、アイツ、団長には色仕掛けまで使うのよ!? ミルの本命は、団長だから……!」
「そうなの!?」
初めて耳にした話に、アヤカはあんぐりと口を開けた。
「団長は、貴族の出なのよ。それで、ミルはそこの奥様に収まりたいってわけ。馬鹿よね、彼は自分から家を捨てた身だというのに……」
「家出をしたの?」
「そんなものかしら。団長には兄弟がたくさんいるんだけど、みんな仲が悪くてね。実家に嫌気がさしたみたい。それで、周囲の反対を押し切って、騎士になったのよ」
「ふぅん……ユスティンのところも、兄弟で仲が悪いんだね」
何気なく呟いたアヤカの言葉に、ブリギッタが反応する。
「あんた、兄弟がいるの?」
「弟が一人……今は、神殿で聖人をやっていると思うよ。こっちに来て以来、会っていないけど」
「…………」
アヤカの言葉に、ブリギッタは包丁を持ったまま硬直した。
「……それ、団長達は知っているの?」
「聞かれていないから、言っていないけど」
ブリギッタは、今度は固まったままで包丁を落とした。
「こんの、馬鹿アヤカ〜〜!! そういうことは、もっと早く言いなさいよね!!」
「もともと、すぐに帰る予定だったし。信用ならない話だと思うし。別に言わなくてもいいと思ったんだよね」
「どうりで、この私も知らないような地名を口にしていると思ったわ! 二回も幽獣に遭遇したのに生きているし!! そんな重要なことを黙っているなんて……!」
ブリギッタは、細い腕でアヤカを担ぎ上げると、団長室へと向かって歩き出す。
「ちょっと、そこの新人騎士達! あとは、炒めるだけだから、料理やっといて! 私は、団長に用事があるから!」
彼の言葉を受けた新人騎士達が、いそいそと動き出す。
(ブリギッタって、何気に発言力強いよなぁ……)
そして、力も強い。女の子のような外見に反して、片手でアヤカを担ぎ上げている。
(第五騎士団って言っていたけれど、ブリギッタってすごい騎士なのかな?)
アヤカを担いだブリギッタは、すぐに団長室へとたどり着いた。
「団長〜、いる? いるわよね? どうせ、寝ていると思うから、勝手に開けるわよ〜?」
強引にブリギッタが扉を開けると、正面に見える机の上に椅子に座ったままうつ伏せになっているユスティンがいた。
かなり疲れているのか、アヤカやブリギッタが勝手に部屋に侵入したというのに、身じろぎすらしない。
「団長、起きてってば!」
「ユスティン、おーい? 起きないと、顔に落書きするよ〜?」
アヤカの声に、ユスティンがピクリと反応する。
顔に落書き発言は、効果があったようだ。




