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23:アヤカ、ランタンの明かりを追いかける

 アヤカは、女性らしい格好から着替えることなく、神殿内を捜索していた。

 囮役のブリギッタが前を歩き、その後を少し離れてアヤカとユスティンが追っている。


「ねえ、ユスティン……ブリギッタは、本当に大丈夫なのかな? 危ないと思うんだけど」

「ブリギッタは、第五騎士団の中でも優秀な人材です。無理なら、今回の任務に参加させていませんよ」


 ユスティンは、そう答えると、安心させるようにアヤカの肩をぽんぽんと叩いた。


「だから、僕らも油断せずにブリギッタの後に続きましょう」

「……うん」


 アヤカは、何かあったらブリギッタを守ろうと意気込みながら、彼の後を追う。

 部屋を出て中庭を横切り、今は神殿の裏庭にいる。

 しかし、幽獣が姿を現す気配はなかった。


「……向こうに、気づかれているかもしれませんね」

「こっそり後をつけているのに?」

「視覚はともかく、聴覚や嗅覚に優れた幽獣も存在しますから……今回の幽獣は、そういう相手なのでしょう」

「鳥に嗅覚なんてあるんですか?」

「……鳥? ああ、アヤカが出会ったのは、鳥型でしたね。以前あなたが出会ったような、視覚が発達している種類が多いですが、中には嗅覚が発達しているものもいますよ。もちろん、鳥型ではない幽獣もいます。……作戦を変えたほうがよさそうですね」


 ユスティンは、ブリギッタを呼び戻して、何やら指示している。


「了解、団長。神官長に掛け合ってみるわ」


 ブリギッタは、身軽な動きで廊下を駆けて行った。


「ちょっと! ブリギッタを一人にしたら危ないよ!?」

「ここから神官長室まではすぐなので、問題ないかと……アヤカ、我々は一旦部屋へ戻ります」

「わわっ、ちょっと!?」


 なぜか、ユスティンに腰を抱えられたアヤカは、目を白黒させながら廊下を歩く。


「アヤカが迷子になってはいけませんからね。一人は危険ですし……」

「……ならないし。そもそも、危険な場所に私を連れてこなければ良いだけの話だよね?」

「それはそれ、これはこれです」


 全てを無に帰す魔法の言葉を口にしたユスティンは、亜麻色の長いウイッグを揺らしながら早足で部屋に帰った。


 その晩、神殿のあちこちで、礼拝時に使用する強烈な匂いの香が焚かれた。その匂いは、まるでトイレの安物芳香剤を何十倍にも濃くしたようなひどいもの。アヤカでさえ、鼻が慣れるまでは吐き気に襲われた代物だ。

 嗅覚の良い幽獣は、今頃もがき苦しんでいることだろう。鼻が慣れたとしても、この強烈な匂いの中で一人でいる人間を見つけることは至難の技だ。



「アヤカ、捜索は明日にするわ。あなたは、もう部屋で休んでいていいわよ」


 神官長の元から戻ったブリギッタにそう言われたアヤカは、その言葉に甘えることにした。


「私と団長は、神官長のところに行って今日の報告を上げてくるわ」

「分かった、気をつけてね」


 二人を送り出し、暇になったので、外の景色でも眺めることにする。

 窓から見える中庭は暗くても美しいが、それだけだ。アヤカは、とても、こんな閉鎖的な空間では暮らしていけないと思った。


「あれ……夜なのに、中庭の景色が見えるって変だよね」


 ふと、中庭に不自然な明かりがついていることに今更気づく。

 目をこらすと、中庭に面する廊下を歩いていく人影が見えた。それは、ランタンを手にした若い女性神官だった。


「一人歩きは、危ないのに……」


 アヤカは、彼女を注意するために、部屋を出て中庭へ向かう。一応、護身のために木剣を持って。


「確か、この辺りを歩いていたんだけどな」


 キョロキョロと周囲を見回すと、神殿の奥へ続く渡り廊下にランタンの明かりが見えた。神官は、向こうへ歩いて行ったのだろう。慌てて、ランタンの明かりを追う。


「神官のお姉さん! 一人で神殿を歩くのは危ないよ。いくら、臭い匂いが充満していると言ってもさ……」


 神官に話しかけようとして、アヤカは思わず言葉を切った。

 そこにいたのは、地面に転がったランタンと、壁際で牙を向いている猿型の化物――幽獣だった。


「えっ……」


 神官は、どこにもいない。

 人間のふりをした幽獣が、一人で部屋にいたアヤカをおびき出したのだった。


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