第9話【意味が分かると怖い】全世界食料品高騰【怖いショート】
精肉売り場で、母親は手に取ったパックを棚へ戻した。
「お肉、もう買えないわね……」
店内のテレビには、赤い文字が流れていた。
「全世界食料品高騰 肉の価格10倍に」
かごの中には、じゃがいもとにんじん。それから、小さなキャベツが一玉入っていた。
*
庭で、娘がうさぎを抱き上げている。
「ミミちゃんは毎日キャベツいっぱい食べて、えらいね〜」
白い腹をなでると、ミミは娘の腕の中でもぞもぞと動いた。
「パパ、抱っこしてみる?」
父親は返事をせず、しばらくミミを見ていた。
「……よく育ったなあ」
娘は褒められたように笑って、もう一度うさぎを抱き直した。
*
夕方、父親はうさぎ小屋の前にしゃがんでいた。
開いた扉の奥には、わらと、水の器だけが見える。
家の中から、娘の声がした。
「パパ〜、ミミちゃんどこ行ったの〜?」
「見てないな〜。お散歩かな? そのうち帰ってくるよ」
父親は立ち上がり、膝についた土を払った。
「それより、ごはんだぞ」
*
食卓には、大きな鍋が置かれていた。
久しぶりのシチューだった。娘は椅子に飛び乗ると、器を両手で引き寄せた。
湯気を吹いて冷まし、大きな具を一つ、スプーンですくう。
娘の笑顔とは裏腹に、両親の顔は曇っていた。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
ミミちゃんがいなくなった日に、買えなかったはずの肉料理が食卓に出てきます。そこで、庭にいたうさぎと、鍋の中身がつながってしまうんです。
父親の「よく育ったなあ」も、最初は娘と一緒に成長を喜んでいる言葉に聞こえます。でも、最後まで読んで戻ると、食べるものとして見ていたのではないか、と聞こえ方が変わりますよね。
「そのうち帰ってくるよ」と言ったあと、すぐ「ごはんだぞ」と話を切り替えているのも気になります。ミミの行方を知らないのではなく、娘に知られないようにしている、と読めます。
両親がスプーンを持ったまま食べていないのは、料理の中身を知っているからでしょう。娘だけが、家族のようにかわいがっていた相手を、何も知らずに口へ運ぼうとしている。そばに残った空の皿も、もうキャベツを食べるミミがいないことを感じさせます。
本文には、父親が何をしたかも、シチューに何が入っているかも、はっきりとは書いていません。それでも、買えない肉、育ったうさぎ、空の小屋、久しぶりのシチューを順につなぐと、嫌な答えが見えてきます。
娘が喜んでいるその食卓を、両親は同じ気持ちでは見られない。家族のために用意した夕食が、娘にとっての「家族」を失わせたものかもしれない、という結末です。
なぜ、大切にしていた家族を夕食にしなければいけなかった理由を考えてみるのもまた御一興です。




