第8話【意味が分かると怖い】円安【怖いショート】
「大きくなったら、これでアメリカの大学に四年間行きなさい」
おばあちゃんは、僕の頭をなでながら通帳を見せてくれた。
表紙には、太いペンで「留学用」と書いてあった。
そのころの僕は、アメリカがどのくらい遠いのかも、大学に何をしに行くのかも知らなかった。ただ、おばあちゃんがうれしそうだったから、大きくうなずいた。
「うん!」
*
十年たって、その通帳を母から受け取った。
葬儀のあとの部屋には、まだ花の匂いが残っていた。
「おばあちゃん、年金からずっと、一円も使わずに貯めてたのよ」
残高の欄に、二千万円とあった。
何度も数字を見直した。おばあちゃんの家に行くと出してくれた、安い袋のお菓子を思い出した。
「……絶対行くね」
母に言ったのか、おばあちゃんに言ったのか、自分でも分からなかった。
*
その晩、部屋で志望大学のサイトを開いた。
写真のキャンパスは広くて、芝生に座った学生たちが笑っていた。
「二千万あれば、四年間ちゃんと……」
通帳をパソコンの横に置き、費用のページを探す。
英語の見出しの下に、二つの数字が並んでいた。
Total cost per year: $65,000
4 years: $260,000
通帳の「留学用」という四文字だけは、十年前と同じだった。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
二千万円も残してくれたのなら、きっと大丈夫だと思いますよね。孫も、祖母が思い描いた四年間の留学をかなえられると思って、大学のサイトを開いています。
でも、費用は円ではなくドルで書かれていました。現在の一ドル155円~157円で計算すると、2000万円は約13万ドルです。対して、四年間に必要なのは26万ドル。半分くらいにしか届いていません。
一年が65000ドルなので、二年分は13万ドル。四年分だと思っていた貯金が、二年分にも少し足りない、と気づいて指が止まったわけです。
怖いのは、お金を盗まれたわけでも、残高が減ったわけでもないことです。祖母がこつこつ貯めた2000万円は、そのまま通帳に残っています。でも、円で持っているお金をドルに替えるときには、為替によって使える金額が変わります。円がドルに対して安くなれば、同じ円の残高で買えるドルは少なくなります。
祖母の気持ちは変わっていない。通帳の「留学用」という字も変わっていない。それなのに、そのお金でかなえられると思っていた約束だけが、遠くなってしまっていたのです。・・・と、いっても2000万円も残してくれていたらそれだけで十分ですけどね。円安の怖い部分をストーリーにしてみました。




