第7話【意味が分かると怖い】格差社会【怖いショート】
集会所の前には、いつもの回覧板よりずっと大きな張り紙が出ていた。
「無料健康診断 どなたでもどうぞ」
団地の階段を下りていくと、すでに列ができている。
「タダで全部調べてくれるんだって、ありがたいねえ」
前に並んだ人の話に、俺もうなずいた。病院に行く金があるなら、先に払わなければいけないものがいくつもあった。
*
案内された部屋の医師は、俺の袖をまくるのを待ってくれた。
「血液型も遺伝子も、詳しく調べておきますね」
「病院なんて何年も行けてなかったから助かります」
針から顔を背けると、机の上に小さな試験管が何本も並んでいた。
検査を終えて受付に戻る。結果を送るためだと言われ、住所に間違いがないか確かめた。
*
封筒が届いたのは、数日後だった。
開けるまでは少し怖かった。どこか悪いと言われても、すぐに通える自信はない。
だが、一枚目の紙の真ん中には、大きくこう書いてあった。
「あなたは非常に健康です!」
その下にも「異常なし」が並んでいる。
「やった、太鼓判もらったよ」
久しぶりに、心配することが一つ減った気がした。
*
街の別の場所では、厚いカーテンのかかった病室で、男がベッドに横たわっていた。
秘書が差し出したタブレットに、団地で撮られた顔写真が並ぶ。
その中の一枚だけが、赤く囲まれていた。
あの封筒を開けて笑った男の顔だった。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
無料で詳しく調べてもらえて、結果は「非常に健康」。男にとっては、ようやく安心できた出来事です。でも、最後の画面には、彼の顔と一緒に「腎臓・肝臓」「確保予定」と書かれています。
この物語の健診は、住人たちの健康を守るためではなく、富豪に提供する臓器の候補を探すために行われた、と読めるんです。
「血液型も遺伝子も、詳しく調べておきますね」という親切そうな説明も、ここで別の意味になります。男が自分のための検査だと思っていたものは、別の誰かに合うかどうかを選ぶための検査だったのでしょう。
「あなたは非常に健康です!」も、彼にとっては喜ばしい知らせです。ところが選ぶ側から見ると、健康な臓器を持つ候補が見つかった、という知らせになってしまう。
何より、「提供予定」ではなく「確保予定」です。本人が納得して提供を決めた、という言葉ではありません。男が何も知らずに安心している間に、別の場所では、彼の体を手に入れる段取りが進んでいるように見えますよね。
お金がなくて病院に行けなかった人たちと、豪華な病室で待つ人。その差を埋めてくれるはずの無料健診が、かえって片方の命のために、もう片方の体を選び出していた。タイトルの「格差社会」は、その構図を指しているわけです。




