第5話【意味が分かると怖い】短文づくり【怖いショート】
黒板に「『〜ので』を使って文を作りましょう」と書いた。
書き終わる前から、教室のあちこちで手が上がる。
「先生、二つ書いてもいい?」
「いいよ。みんなのおもしろい文、楽しみにしてるね」
配ったプリントを裏返してしまった子に声をかけて、鉛筆を忘れた子には一本貸した。消しゴムのかすを集めているうちに、授業の終わりのチャイムが鳴った。
*
放課後の職員室は、まだ少し暑かった。
窓を開けると、校庭からボールの弾む音が聞こえてくる。
私は机の上のプリントを一枚ずつめくっていた。
「おなかがすいたので、おにぎりをたべました」
大きな「お」の隣で、「に」が小さくなっている。最後の一文字は、枠の端にようやく収まっていた。
「うんうん、上手」
赤ペンで丸をつける。
通りかかった隣のクラスの先生が、私の手元をのぞいた。
「子どもって、思ったことを素で書くから面白いんですよね」
「ほんとそう。次の子は……」
紙の端を持って、一枚めくる。
さっきまで聞こえていたボールの音が、急に遠くなった。
プリントには、たどたどしい字で、こう書いてあった。
「ママがずっとねているので、しずかにしています。もう3日めです。」
丸をつけようとした赤ペンが、紙の上で止まっていた。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
「ママがねているので、しずかにしています」だけなら、お母さんを起こさないように気をつかっている、優しい子の文章に見えますよね。
でも、そのあとに「もう3日めです」と続きます。
いつもの昼寝や、一晩の睡眠の話ではなさそうです。お母さんは重い病気などで動けなくなっているのかもしれないし、すでに亡くなっている可能性もある。本文では、そこまでは確定していません。ただ、子どもが三日間ずっと「寝ている」と受け止めている状況が、普通ではないんです。
しかも、この子は「助けてください」とは書いていません。課題に合わせて、自分が家でしていることを、そのまま書いています。「しずかにしていれば、ママを起こさずにすむ」と思っているのかもしれません。
直前の「子どもって、思ったことを素で書くから」という言葉も、ここで意味が変わります。面白い作り話を探していた先生が、今度は、この文章も本当の日常なのではないかと気づくわけです。
止まった赤ペンは、文が上手かどうかを採点する手では、もうなくなっています。先生が読んでしまったのは、本人も気づいていない、家の中の異変だったのです。




