第31話【意味が分かると怖い】フレネミー【怖いショート】
「親友の詩織がいなかったら、この本は書けませんでした」
新人文学賞のトロフィーを抱いて、私は客席に頭を下げた。
最前列の詩織が、静かに拍手している。バッグの口から、日付を書いたUSBメモリがのぞいていた。
舞台の後ろには、私の名前が入った『白いノート』の表紙と、十二章の目次が大きく映されていた。
こもれびの午後
レモンの約束
はじまりの春
しろいノート
おくれてきた手紙
リボンの色
がらんどうの教室
かぎのない部屋
いとでんわ
たそがれの駅
もうひとりの私
のこされた原稿
二年前、私は書きかけの原稿を詩織に渡した。
「てにをはだけ見てくれればいいから。詩織も昔、小説書いてたよね。暗すぎて誰も読まないって、私、言っちゃったっけ」
笑いながら言うと、詩織も笑った。
「うん、少しだけ直すね。……章のタイトルも、ちょっと変えていい?」
机の上には、高校の卒業式にもらった色紙があった。
詩織の丸い字が、五行並んでいる。
ちいさいころから、ずっと一緒
なきむしな千夏を
つれて歩くのが私の役目
すてきな夢、叶えてね
きっと、ずっと親友だよ
返ってきた原稿は、ずいぶん読みやすくなっていた。
私が何度書いてもうまくいかなかった場面まで、すらすら読めた。
次の作品も、その次も、私は詩織に送った。
受賞から三年後、私は情報番組のスタジオにいた。
三作続けてベストセラー。そんな紹介のあと、司会者が私の本を開いた。
「第八章『かぎのない部屋』の、あの美しい比喩は、どこから生まれたんですか?」
「え、ええと……ふと、浮かんで」
頬が引きつるのを、笑顔で押さえた。
その夜、次の原稿を開いても、白い画面には一行も増えなかった。
詩織から、メッセージが届いた。
ただ、次の作品はもう手伝えないの
てんさい作家の千夏なら、もう大丈夫だよね
にげないで、ちゃんと見ててね
よる遅くにごめん。明日、大事な発表があるから
んじゃ、またね
でも、ありがとう。全部、千夏のおかげだよ
翌朝、テレビに詩織が映った。
並んだマイクの前で、あのUSBメモリと、分厚い紙の束を持ち上げている。
表紙には『白いノート 初稿』。その下に「2023.4.1」と、詩織の名前があった。
私は本棚から一冊目を抜き取り、目次を開いた。
【解説】
作中には、三つの縦読みがあります。
色紙の五行の先頭を読むと「ちなつすき」。詩織は、昔から行の頭に気持ちを隠していたのです。
最後のメッセージの六行は「たてによんで」。そして『白いノート』の十二章の頭文字を読むと、「こ・レ・は・し・お・リ・が・か・い・た・も・の」、つまり「これはしおりがかいたもの」になります。
詩織が「章のタイトルも、ちょっと変えていい?」と聞いたときから、この署名は仕込まれていました。受賞式では、目次が千夏の背後に大きく映されています。大勢の人が祝福していたその場に、隠された作者名も出ていたのです。
千夏は「てにをはだけ」と頼んでいますが、返ってきた原稿では、自分で書けなかった場面まで完成しています。その後も三作続けて詩織に送り、番組では作品の比喩を説明できず、一人になると一行も書けません。これらを、詩織の名が記された初稿とUSB、目次の署名に重ねると、千夏の名で読まれていた作品の実質的な書き手が詩織だった、と読み取れます。
千夏の「暗すぎて誰も読まない」という言葉は、詩織の作品を軽く扱った言葉でした。それでも詩織は助け続け、千夏が人気作家になってから手を引きます。隠された署名と発表の予告からは、暴露の機会を待ちながら、千夏を成功させていた可能性が見えてきます。
「千夏すき」という好意を伝えたのと同じ方法が、今度は作者を名乗る告発に使われます。「全部、千夏のおかげだよ」というお礼も、発表の直前に届くと意味が変わります。最初の受賞スピーチも、本を書けた理由を千夏自身が語っていたことになります。
「フレネミー」は、友人のように接しながら、敵意を抱く相手を指す言葉です。親友の才能を自分の名で受け取った千夏と、支えながら転落の仕掛けを残した詩織。互いを親友と呼んでいた二人の関係を、最後の目次が問い直す話です。
この物語の人物・作品・文学賞は創作です。




