第23話【意味が分かると怖い】身代金と懸賞金【怖いショート】
記者会見で、社長が頭を下げていた。
背後のスクリーンには、二つの文章が並んでいる。
『身代金の要求には応じません』
『犯人の情報に懸賞金一億円』
「犯人を特定した方には、必ずお支払いします」
シャッターの音が重なった。
僕は会場の後ろで腕を組み、社長が顔を上げるのを待った。
システム担当の僕に向けられる視線は、あまりなかった。
事件が起きてからは、顔を合わせるたびに「まだ分からないのか」と聞かれていたのに。
必ず。
僕は、その言葉を覚えておくことにした。
*
深夜のオフィスには、空調の音だけが残っていた。
モニターを埋めたログを、一行ずつ追っていく。
日付。時刻。数字の列。
画面を切り替えると、同じような文字がまた並ぶ。
机の端に、二枚の紙を置いていた。
一枚は、書きかけの退職願。
もう一枚には、赤い文字で「住宅ローン」と印刷されている。
督促状は裏返しておいた。
それでも、何と書いてあるかは分かっていた。
この会社を辞めたあとのことも、まだ決まっていない。
キーボードを打つ手を止めた。
椅子を少し引き、画面に残った行を見直す。
「……見つけた」
誰もいない部屋で、声だけが妙にはっきり聞こえた。
*
数日後、休憩室のテレビに逮捕のニュースが流れた。
『サイバー攻撃の犯人逮捕 海外在住の男』
警察官に挟まれた男が、うつむいて歩いていた。
映像が会見場へ切り替わる前に、誰かが僕の名前を呼んだ。
社長が、大きな封筒を持って立っていた。
「君は会社の恩人だ」
肩を叩かれた。
周りから拍手が起こった。
「よくあの記録からたどり着けたね」
「本当に助かったよ」
僕は封筒を両手で受け取り、頭を下げた。
社長は約束を守ってくれた。
*
家に帰っても、部屋の明かりはつけなかった。
机に封筒を置く。
角のところを指で押さえ、まっすぐに揃えた。
横には、閉じたノートパソコンがある。
正確には、ふたは最後まで閉じていなかった。
薄いすき間から、青白い光が机に漏れていた。
ピロッ。
小さな通知音がした。
すき間にのぞいた画面の端に、外国の名前が浮かぶ。
Alexei Petrov。
僕は、まだ封筒に手を置いていた。。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
社員は、犯人を見つけた会社の恩人として懸賞金を受け取りました。
ところが、自宅のパソコンに表示された「Alexei Petrov」は、逮捕された男の名前です。
ネタバラシの5コマ目では、開いたパソコンの画面が映ります。
ログの画面に重なっているのは、この男とのチャットです。
「やつらはまだ気づいていない。このまま計画どおりだ」
「犯人の情報は渡した。あとは逮捕されるのを待つだけだ」
事件の解決へ向かうはずの情報提供が、二人の間では計画の進捗として報告されていたのです。
最後のやりとりは、社員からの「約束どおり、半分送金した」。
相手の返事は「OK。刑務所は1年で出られる」。
二人は初めからつながっていました。
社員は犯人の情報を会社へ渡して一億円の懸賞金を受け取り、その半分を相手に送ったのです。逮捕されることも、二人の計画には織り込まれていました。
机の上の退職願と住宅ローンの督促状は、犯人の根拠づくりのための資料。
会社は身代金の支払いを拒み、犯人の逮捕を喜びました。
それでも、別の名目で支払ったお金の半分は、その犯人に渡っています。
会社の危機が解決したとき、社員と犯人の約束も、果たされていたのです。
作中の事件・人物・刑期は創作上の設定です。




