第22話【意味が分かると怖い】緊急要請【怖いショート】
テレビの隅に、赤い文字が出ていた。
『防災庁、全国民に一週間分の備蓄を緊急要請』
私は、台所の戸棚を思い浮かべた。
米は少しある。水は、あの重い箱を買ってこなければならない。
そのとき、スマホが鳴った。
【防災庁】
高齢者のおひとり暮らし世帯に、備蓄品を無料でお届けします。
ご登録はこちら。
「まあ、ありがたいこと」
テレビでも言っていたのだから、急いでいるのだろう。
私は老眼鏡をかけ直し、青い文字を押した。
*
訪ねてきた若い男は、作業着の胸にも帽子にも、同じ名前をつけていた。
水の箱を抱えても、息ひとつ切らさない。
玄関から居間まで、何度も往復してくれた。
缶詰。ご飯。飲み水。
段ボールにも、支援物資、と印刷されている。
「こちら、高齢者のおひとり暮らし世帯だけにお配りしているので、念のため確認ですが……」
男はタブレットをこちらへ向けた。
「お一人でお住まいですよね?」
「ええ、息子は東京なのよ」
「そうでしたか」
男の指が、画面の上を動いた。
「これだけあれば、買い物に行かなくて済むわねえ」
そう言うと、男はにっこり笑った。
*
最後に出してきたのは、小さなラジオだった。
「こちらも一緒にお使いください」
私は、座布団から腰を浮かせた。
「そこに置いておいて。手を伸ばせば届くから」
けれど男は、ラジオを持ったまま、居間の棚を見上げた。
「上のほうがいいんです」
花瓶を少しずらし、棚の上に据えた。
正面を部屋の真ん中へ向けてから、つまみのあたりに指を添える。
「緊急情報はこのラジオで流れます。一週間、外出は控えてくださいね」
「はいはい。ちゃんと聞いていますよ」
男が帰ったあと、私は箱を数えた。
ひとりの家に、こんなに届けてくれるなんて。
玄関の鍵をかける音が、いつもより心強く聞こえた。
*
夜になって、財布の中を片づけた。
しばらく買い物には行かないのだから、余分なものはしまっておこう。
卓上に置いたままだった通帳も、一緒にしまうことにした。
私は、たんすの前に座った。
二段目の引き出しを開け、奥の箱を取り出す。
通帳と印鑑を並べ、ふたをした。
これで一週間、何も心配しなくていい。
引き出しを、最後まで押し込んだ。
棚の上で、小さな緑の光が一度だけまたたいた。
ラジオは、何も言わなかった。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
最後に、通帳と印鑑をしまった場所を思い返してみてください。
その動作が終わったところで、棚の上のラジオに小さな光がともります。放送は何も流れません。
この機器は、緊急情報を聞かせるためだけに置かれたものではありませんでした。
「防災ラジオ」を装った機器から、居間の様子が外へ送られていたのです。
そう考えると、昼間の親切が一つずつ違って見えます。
「お一人でお住まいですよね?」は、配布条件の確認に聞こえました。でも、誰が一人で暮らしているかを確かめる質問でもあります。「息子は東京」という返事で、身近な家族が離れて暮らしていることまで伝わってしまいました。
ラジオを手の届く場所ではなく、高い棚へ置いたことにも理由があります。
部屋の中で人が何をしているか、どの引き出しを開けるか。その様子を広く捉えられる場所だからです。
さらに「一週間、外出は控えてくださいね」という言葉。
備蓄品のおかげで買い物に出なくて済むという安心と結びついて、おばあさんは家にいるつもりになります。
最後の光だけでは、何が起きたのかは断定できません。
けれど、通帳と印鑑をしまう動作と重なることで、その場所が、本人以外にも分かってしまったかもしれない、と考えられます。
男が次に何をするのかは描かれていません。
ただ、おばあさんが「何も心配しなくていい」と思った夜、居間の様子は、家の外でも見られていたのです。
作中の報道・無料配布・外出を控えるよう求める指示は、創作上の設定です。




