第21話【意味が分かると怖い】テディベアの日【怖いショート】
十月二十七日。
五歳の誕生日に、大きな段ボール箱が届いた。
玄関には、まだ配達の人が立っていた。
お母さんが箱を開けると、薄紙の中から、赤いリボンのクマが顔を出した。
「パパからのクマさん!」
抱き上げると、ふわふわの毛が頬をくすぐった。
私が何度もクマを抱き直す横で、お母さんは箱のふたを折り畳んでいた。
「……今年だけよ、きっと」
小さな声だった。
私はクマの耳をなでるのに忙しくて、その言葉の意味を考えなかった。
*
翌年の誕生日。
ケーキのろうそくが、短くなっていく。
去年のクマは、私の隣に座っていた。
玄関で物音がするたび、私は顔を上げた。
「パパ、今年はなにもないの?」
お母さんは、段ボール箱を抱えていた。
こちらを振り向いたけれど、部屋には入ってこなかった。
「そういう人なのよ」
そのまま廊下の奥へ行ってしまった。
私は、クマを膝へ移した。
ろうそくの火を消すまで、お母さんは戻ってこなかった。
*
誕生日が来るたび、最初の何年かは、玄関の音が気になった。
いつからか、聞かなくなった。
お母さんも、父の話をしなくなった。
クマだけは、ずっと部屋にいた。
赤いリボンは少しよれ、毛は何度も抱いたところから寝ていった。
高校生になった年の誕生日、私は窓際でクマを抱いていた。
夕方のガラスに、お母さんが映った。
開いたドアの向こうから、私を見ている。
「もう、父親なんていなかったことにする」
口に出してみると、ずいぶん簡単だった。
ガラスの中で、お母さんの口元が、少しだけ緩んだ。
*
その部屋の鍵を見つけたのは、しばらくしてからだった。
廊下の奥。
お母さんが、物がいっぱいだから入らないで、と言っていた部屋。
鍵を回すと、扉は少し引っかかった。
隙間から、ほこりのにおいがした。
クマを片腕に抱え直して、私は扉を押した。
裸電球の下に、クマがいた。
古い家電と段ボールの隙間に、いくつも押し込まれていた。
棚から身を乗り出したもの。かごの底で横になったもの。
どれも、赤いリボンを結んでいた。
大きいものも、小さいものもある。
薄紙や透明な袋ごと押し込まれ、毛の上にほこりが積もっていた。
私は、腕の中のクマを見た。
それから、部屋の奥を見た。
足元の箱に、配送の伝票が残っていた。
一番手前のその箱は、まだ開けかけだった。
品名 テディベア
配達指定日 10/27
隣の箱にも、その隣の箱にも。
10/27。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
最後の部屋にあったクマと、最初に届いたクマを比べてみてください。
どれも赤いリボンを結び、手前の箱には「テディベア」「配達指定日 10/27」と残っています。十月二十七日は少女の誕生日。贈り物は、その後も届いていたのです。
少女は、一度しか贈り物をもらっていないと思っています。
ところが、物置には何年分ものクマと配送箱が隠されていました。父は毎年送り続け、母がそれを受け取っては、娘に渡さずに放り込んでいたのです。
クマの大きさがばらばらなのも、父が娘の成長に合わせて選んでいたことを示しています。
ここで、翌年の誕生日を思い返してみてください。
「今年はなにもないの?」と聞かれた母は、段ボール箱を抱えています。最初は、ただの片づけや荷物運びに見えたかもしれません。でも、最後の部屋を見たあとでは、その箱の中身も疑わしくなります。
母は「届かなかった」と説明する代わりに、「そういう人なのよ」と父の人柄を語ります。
少女に確かめる手段はなく、毎年何も手渡されないことが、その言葉を裏づける証拠になってしまいました。
最初の「今年だけよ、きっと」も、意味が変わります。
父が贈り物を続けないという予想ではなく、少女が贈り物を受け取れるのは今年だけ、という母自身の宣言でした。
そして少女は、ついに「父親なんていなかったことにする」と言います。
そのときだけ緩む、母の口元。元夫への恨みと、娘を自分だけのものにしたい気持ちから続けた嘘が、ようやく実った瞬間だったのです。
クマが大切に飾られず、古い家電や段ボールの隙間に押し込まれているのも、母の気持ちを表しています。
娘に届くはずだった思いが、母にとっては、物置へ放り込んでおく程度のものでした。
足元の開けかけの箱は、今年届いたばかりの贈り物です。
娘が父を忘れようとしているその年にも、父は誕生日を忘れず、クマを選んでいました。
娘が抱いているクマは、ずっと「パパがくれた最初で最後のクマ」でした。
でも、最後の部屋を見た瞬間、それは「母が娘に渡した、たった一つのクマ」に変わります。父を待つのをやめるまで、娘は何を隠されていたのか。その年月が、物置の中に残っていました。
贈り物は、家までは届いていたのです。
本日10/27はテディベアの日です。




