第19話【意味が分かると怖い】50%保証【怖いショート】
テレビの画面に、証券口座を乗っ取られた人たちが映っていた。
『損失額の五〇パーセントを補償する方針です』
妻は、たたみかけのシャツを膝に置いた。
「半分しか戻らないなんて、ひどいわよね」
夫はスマホの電卓を見ていた。
しばらくして、顔を上げた。
「……半分も戻るのか」
妻には聞こえなかったらしい。
シャツの袖をそろえながら、次のニュースに目をやっていた。
*
数日後、夫はパソコンの前に座っていた。
妻が洗濯かごを抱えたまま、足を止めた。
銀行にあった預金が、証券口座へ移されていく。
「ちょっと。それ、全部?」
「うん」
「今、乗っ取りが多いって言ってたじゃない!」
夫は、妻を見なかった。
「だからだよ。今のうちに増やしておかないと」
*
数週間後、二人は証券会社の窓口にいた。
夫は、差し出された書類の空欄を埋めていた。
被害額、一千万円。
補償額、五百万円。
数字の横で、ペンの先が止まった。
隣の妻が、ハンカチを目に当てる。
「本当にお気の毒でした……」
担当者が言った。
夫は書類から目を上げず、うなずいた。
「……はい」
*
深夜、夫は書斎のドアを閉めた。
机の上に、厚い茶封筒が一つ置かれていた。
口が少し開き、中の札束がのぞいている。
スマホが光った。
妻の知らないアカウントから、短いメッセージが届いていた。
〈約束の分です〉
夫は通知を消した。
パソコンには、あの晩の計算が残っていた。
1000-500=500
500+600=1100
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
最初の「半分も戻るのか」を、もう一度読んでみてください。
妻には、失ったお金が半分しか戻らない話です。けれど夫は、半分が戻るなら使える、と考えています。
最後の計算は、どちらも万円単位です。
一千万円を失っても、五百万円の補償が入る。自分の持ち出しは、残りの五百万円です。
そこで終われば、妻が嘆いているとおり、大きな損になりますよね。
ところが、机には茶封筒があり、知らない相手から「約束の分です」と連絡が来ています。
次の「500+600=1100」は、補償された五百万円と、相手から受け取った六百万円を足したものです。
元は一千万円。最後は一千百万円。夫の手元では、百万円増えています。
つまり夫は、口座を乗っ取られた気の毒な被害者ではありませんでした。
乗っ取りに関わる相手と事前に話をつけ、被害に遭ったように装っていた、と読めるんです。「約束」という言葉が、たまたま届いたお金ではないことを示しています。
だから、乗っ取りのニュースを見たあとで、わざわざ預金を全額移しています。
「今のうちに増やしておかないと」は、投資の利益を期待した言葉に聞こえました。でも、彼が当てにしていたのは、別の増やし方だったんですね。
窓口でうつむいていた顔も、ここで意味が変わります。
担当者は同情し、隣では妻が泣いている。その横で夫は、最初に考えた計算が進むのを待っていました。
この話では、補償についての報道も、窓口の対応も、創作上の設定です。
実際の制度や、補償を受けられる条件を説明したものではありません。
「半分しか戻らない」と思った妻と、「半分も戻る」と思った夫。
同じニュースを見ていたはずの二人は、最初から違う計算をしていました。




