第18話【意味が分かると怖い】二段階認証が届かない【怖いショート】
「認証コードを送信しました」
スマホに出た案内の下に、見覚えのあるメールアドレスがあった。
小学生のころ、家族で使っていたものだ。
今は父だけが使っている。
「え……登録したの、そっちだったんだ」
パスワードは、すぐに通った。
自分の生年月日。昔から使っている八桁だ。
そのあとで、メールに届いたコードを入れるよう求められた。
メールを開いてほしい、と頼みかけて、やめた。
何に使うのか、画面を見せろと言われる。
何を書いているのかは、知られたくなかった。
学校と家の往復以外は、父の許可が要る。
友達と会う日も、帰る時刻も、父が決める。
私の名前は、このサイトでは「籠の鳥」。
出かける先も、帰る時刻も、自分では決められない女の子の話を書いていた。
主人公が見つけた逃げ道を、少しずつ書き足している。
誰にも言えないことでも、小説の中なら書けた。
作品の名前は、『籠の鳥は、十一月に飛ぶ』。
最終話は、まだ下書きに置いてある。
その日が来るまでは、公開しないつもりだった。
家のパソコンなら、ログインしたままのはずだ。
私はスマホで続きを書くのを諦め、画面を閉じた。
*
同じサイトのログイン画面に、同じ八桁の数字が入力された。
「認証コードを送信しました」
メールが一通、届いた。
その六桁を入れると、画面が切り替わった。
鳥かごのアイコン。
籠の鳥。
作品一覧、一件。
『籠の鳥は、十一月に飛ぶ』
全五話。約八千文字。
画面の下には、読者からのコメントがあった。
〈続きが楽しみです!〉
「エピソード管理」が開かれた。
公開済み、五話。
下書き、一話。
下書きの一件が開かれた。
しばらくして、スマホの画面が暗くなった。
*
夕食のとき、父はスマホを見ていた。
私が椅子を引くと、顔を上げた。
「さっき、小説のサイトからメールが来てたぞ」
箸を取る手が止まった。
「……昔のアカウント、消そうと思っただけ」
「消せたのか?」
「ううん。スマホだと、うまく入れなくて」
父は、少し笑った。
「そうか」
それだけだった。
画面を見せろとも、早く消せとも言われなかった。
よかった。
届いたメールを見ただけなら、何を書いたかまでは分からない。
いつもと同じように、おやすみを言って、ドアを閉めた。
*
机の上で、パソコンが白く光っていた。
開きっぱなしの下書きには、一行だけ書いてある。
『最終話 十一月三日、駅前の始発で』
手帳を開いて、日付を確かめた。
十一月三日。その下の「始発」を、赤いペンで囲んである。
私は手帳を閉じ、当日着る服を、鞄の底にしまった。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
途中の、アカウントにログインして下書きを開く場面。そこでスマホを操作しているのは、語り手の女の子ではなく、父親です。
女の子は認証コードを受け取れず、スマホでのログインを諦め、画面を閉じています。それなのに、そのあと別のログインが行われ、未公開の下書きまで開かれています。公開された小説を読んでいるだけの場面ではありません。
パスワードは、女の子の生年月日です。父親にも分かる八桁の数字で、認証コードの送り先も、今は父親だけが使っているメールアドレスでした。娘のログインで届いた通知からサイトを知った父親は、自分でもログインを試し、新しく届いたコードで認証を終えています。
食卓での父親の言葉だけなら、認証メールを見ただけの人の発言としても読めます。女の子は、そう受け取っています。
女の子は「昔のアカウントを消すだけ」と嘘をつき、スマホでは入れなかったと答えます。父親はそれ以上追及しません。彼女には、父親が知っているのは通知のことだけで、書いた内容までは読まれていないように思えます。
けれど、父親は先に下書きまで開いています。何も知らずに納得したのではなく、娘が嘘をついていると知ったうえで、「そうか」と答えているんです。
最後に、パソコンの下書きと手帳に、同じ日付と「始発」が出てきます。小説の主人公が逃げる日時と場所は、女の子自身の家出計画でした。父親の許可がなければ友達と会うこともできない暮らしから、ひそかに抜け出そうとしていたんです。
父親は、その予定を知っています。父親が静かに受け流したことは、彼女が自由になれた証拠ではありません。
認証コードが届かなかったのは、彼女の手元だけです。秘密を守れていると思っている間に、その入口は父親のPCで開らかれていました。十一月三日の始発で、彼女は本当に逃げられるのでしょうか。逃げられなかったとすれば、その後彼女はどのような運命を辿るのでしょうか。
なろう小説で認証コードが送られてこない問題が発生している記念に書いた1作です。




