第17話【意味が分かると怖い】君は踊り狂って死ぬ【怖いショート】
床に貼ったテープの真ん中に、つま先を合わせた。
スマホの画面をのぞき込み、少しだけ角度を上げる。
これで、伸ばした手も切れない。
画面の時計は、見ないようにしていた。
深夜のスタジオには、彼女しかいなかった。
鏡の前に置いたペットボトルは、まだ半分残っていた。
曲が始まる。
彼女はレンズに向かって笑った。
一回転して、右足を引く。
両腕を広げると、画面の端からハートが上がった。
さっきより速い。
曲の終わりで、息を吸った。
もう一曲だけ。
水は、そのあとでいい。
*
どこまで踊ったのか、わからなくなっていた。
鏡の中の自分が、口を開けている。
笑っているのだと気づくまで、少し時間がかかった。
頬が動かない。
目を閉じようとしても、まぶたがうまく下りなかった。
休もう。
右足に体重をかけ、左足を止めようとした。
その左足が、床を蹴った。
体が回る。
腕が上がる。
違う。
次は、その振りじゃない。
自分で覚えたはずの動きを、手足が先に踊っていた。
頭の中で数えていた拍だけが、置いていかれる。
彼女は膝を曲げ、床に座ろうとした。
腰が落ちかけたところで、踵が跳ねた。
鏡の前のペットボトルが倒れた。
水が、床を細く流れた。
喉から出るのは、短い息ばかりだった。
笑った口のまま、涙が顎へ落ちた。
スマホは、すぐそこにあった。
終わらせればいい。
あの赤い表示を消せば。
彼女は片手を伸ばした。
肩が逆に引かれ、指先は空を切った。
もう一度。
今度は、爪の先がスタンドに触れた。
スマホが傾いた。
画面の中で、天井の照明が斜めに走った。
床にぶつかる音がして、音楽の低い響きに重なった。
*
スマホは、横倒しになっていた。
そのすぐ横に、空き缶が何本も転がっている。
小瓶。外れたふた。空になった容器。
似たような形のものが重なり、ラベルの文字は読めなかった。
画面の左には、誰もいないスタジオが映っている。
右では、コメントが流れていた。
〈祝!同時接続10万!〉
〈耐久ダンスで寝ないの なんとか大輔軽く超えてるwww〉
〈おい、画面から外れて誰も映らなくなったぞwww〉
〈スタジオの隅で倒れてるの草〉
視聴者の数字は、十万二千になっていた。
ハートが重なって、画面の端を上っていく。
少し下に、新しいコメントが出た。
〈あれ?動いてなくない?〉
赤い「LIVE」の表示は、消えていなかった。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
タイトルは大好きな漫画のパロディになります!
骨休め的に作った作品です。
最後のコマで、床に並んでいるものを見てください。
飲み終わった缶や小瓶、眠気覚ましを思わせる容器。そして「耐久ダンスで寝ない」というコメントです。
この二つをつなぐと、彼女が、眠らず踊り続けるためにそうしたものへ頼り、無理を重ねていた、と読めますよね。
最初に見えた笑顔や激しい動きも、そこで違う意味になってきます。
途中から、彼女は自分の足を止められず、座ろうとしても体が動いてしまう。楽しんで踊っているように見えた姿は、もう本人の意思と合わなくなっています。
それなのに、配信の向こうでは同時接続十万人を祝っています。
「寝ないのがすごい」「あの人を超えている」。体の異変まで、記録を伸ばすための頑張りとして見られていました。
彼女が床へ倒れたあとにも、数字とハートは増えています。
最後の「あれ?動いてなくない?」で、ようやく異変を疑う言葉が出てきます。
タイトルと合わせれば、彼女は耐久配信の末に亡くなった、と読めます。でも、本人が動かなくなるまで、周りには「盛り上がっている配信」が続いていた、いかにもありそう、というか、ここ数年おかしなライバーが増えている気がします。
十万人も見ている。だから誰かが異変に気づきそうですよね。
ところが並んでいるのは、お祝いと、比較と、笑っている言葉です。
彼女が止まることよりも、配信が続くことを、みんなが楽しみにしていました。
眠らず続けることが称賛され、本人の限界まで見世物になってしまう。十万人に祝われた記録と、一人の体に起きていたこと。その差が、最後の一言で見えてきます。
踊り狂って死ぬ人に一番非がありますが、観客もまたその悲劇の一部。観客(操作系)の念によって起こった悲劇なのです。それに気がつくと本物の【意味がわかると怖い】に繋がるかもしれません。
かくいう私もこんな時間まで執筆をすることを繰り返していると、書き狂って死ぬ可能性がありますので、そろそろ寝ます。明日小説の投稿がなければ・・・そういう事です。




