第12話【意味が分かると怖い】菊花賞【怖いショート】
「今年の菊花賞は、伝説の三冠馬の血を引く馬が勢ぞろいしました!」
実況の声に、スタンドから拍手が起きた。
私は双眼鏡を上げた。
栗毛に、白い星。
一番の額にも、二番の額にもある。
十八頭分の顔が並ぶ大きなモニターは、同じ写真を何度も貼りつけたように見えた。
「似てますね。やっぱり、血ってすごいんですね」
隣の若い男が、こちらを向いた。
私は返事をせず、双眼鏡のつまみを回した。
あの馬には、何度も乗った。
引退して長くなるが、手綱を握った感触は、まだ手に残っている。
走り出す前、少しだけ首を傾ける。
客席の音を聞いているような、あの仕草。
一頭がやった。
すぐ隣でも、同じように首が動いた。
ゲートが開いた。
若い男が声を上げた。
周りの客も立ち上がる。
私は座ったまま、馬群を追った。
コーナーで体が沈む。
そこから脚を伸ばす。
双眼鏡をずらしても、ずらしても、同じ走りが見えた。
「血を引くどころか……」
つぶやくと、隣の男が聞き返した。
「何か言いました?」
「走り方の癖まで、あいつとまったく同じだ」
男は笑って、もう一度コースを見た。
最後の直線に入った。
十八頭が、横一列に広がっていた。
一頭が抜けるのを待った。
誰かが前に出るはずだった。
歓声の中を、そのままの形で走ってくる。
ゴールを過ぎても、隣の男は叫んでいた。
やがて声が途切れた。
自分の持っている馬券と、モニターを交互に見ている。
写真判定。
画面に並んだ十八の鼻先に、一本の線が重なった。
栗毛に、白い星。
どの顔も、同じところを見ていた。
「これは……写真判定でも差がつきません!」
実況の声だけが、場内によく響いた。
私は双眼鏡を膝に置いた。
*
牧場の地下ではガラスケースが、部屋の奥まで続いている。
中には、まだ小さな馬が一頭ずつ眠っていた。
前脚を折って、首を少し曲げている。
どのケースをのぞいても、その姿勢は変わらなかった。
―― おわり ――
この下に解説があります。先に考えたい方は、ここでお止めください。
【解説】
「伝説の三冠馬の血を引く」と聞けば、子供や孫が集まったのだと思いますよね。
最初は、顔が似ているのも、そのせいだと受け取れます。
でも、実際に乗ったことのある元騎手は、走り方の癖まで同じだと気づきます。
最後には、十八頭が並んだままゴールし、写真判定でも差がつきません。
そして、牧場の地下には、同じ姿勢で眠る子馬が、ガラスケースに何頭も並んでいます。
この光景は、子孫を育てていたのではなく、伝説の馬そのものをクローンとして何度も作っていた、と読むための手がかりです。
レースに出ていた十八頭も、その地下で作られた馬たちだったのではないでしょうか。
実況は「血を引く」と紹介していました。
間違いではないのかもしれません。ただ、観客が思い浮かべた意味とは、ずいぶん違っていたようです。
そして、地下にはまだ、次の子馬たちが眠っています。
今年のレースが終わっても、あの馬は走り続けるのでしょうね。
これはわかりやすくて書きましたが、今後さらにAIと科学が進歩すれば、馬だけでなく・・・
そんな未来も遠くないかもしれせん。




