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獣の果てのアトラス  作者: 幼内 心


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第20話 〈セス〉同じ重なり方

 標本室は、実習院の地下にある。

 長い廊下の突き当たりの、重い鉄の扉を開けると、冷たく、乾いた空気が流れ出す。壁際に、背の高い棚が並び、ガラス戸の向こうに、標本が、ずらりと収まっている。

 獣の骨。皮。留め輪の断面。小さな素材獣の剥製。

 僕は、白い欠片を二つ、封筒に入れて、ここへ来ていた。

「セス君、また来たの」

 標本室の管理人の、小柄な老婦人が、帳面から顔を上げた。

「はい。調べものを」

「好きにしなさい。ただし、触るときは、手袋ね」

「分かっています」

 棚の間を、歩く。目当ての標本は、すぐに見つかった。

 泉甲亀。

 小さな亀の剥製が、ガラス箱の中で、静かに座っていた。甲羅は、苔みたいな緑色。大きさは、僕の両手に載るくらい。

 この亀は、倒されると、小さな泉になる。

 標本の説明札には、そう書いてあった。生きているときは、地面を這う、ただの小さな素材獣だ。ただ、死んで、核が止まると、甲羅の下から、水が湧き出す。その水が、泉になる。

 僕は、ガラス箱の隣の、別の標本に、目を移した。

 白角喰み。

 こちらは、もっと小さい。指先ほどの、虫に似た生き物。頭に、白い、細い角が生えている。名前の由来は、その角で、石の表面を削って食べるから。

 説明札には、「食痕は白い薄層を残す」と書いてあった。

 僕は、手袋をはめて、二つの標本を、ガラス箱から取り出した。それから、持ってきた欠片を、机の上に、並べた。

 井戸小屋の漆喰の欠片。丸太の切れ端。泉甲亀の甲羅の、縁の断面。白角喰みの、食痕を残した石の欠片。

 四つ。

 拡大鏡を、目に当てた。

 最初に、漆喰の白い層を、見る。

 細い線が、重なっている。一本、二本、三本。間隔は、ほぼ一定。

 次に、丸太の木口。

 同じ、細い線。同じ、間隔。

 僕は、手元の紙に、数字を書いた。拡大鏡の目盛りで、層と層の間隔を、測る。

 漆喰、〇・八ミリ。

 丸太、〇・八ミリ。

 泉甲亀の甲羅、〇・八ミリ。

 白角喰みの食痕、〇・八ミリ。

 鉛筆が、止まった。

 同じだった。

 四つの欠片、全部、同じ間隔で、白い層が重なっている。

 偶然だろうか。

 僕は、もう一度、測り直した。三回。四回。数字は、変わらなかった。

 ただの偶然にしては、整いすぎている。

 けれど、この数字から、何が言えるのか。

 何も、言えない。

 同じ間隔だから、同じ原因だ、という結論は、飛躍している。同じ間隔で重なる別々のものが、たまたま四つ見つかっただけ、かもしれない。

 それでも、僕は、手帳に、小さく書き込んだ。

 四つの、白い層の、重なり方は、同じ。

 原因は、不明。

「おや」

 背後で、声がした。

「何を、見ているの」

 振り向くと、ミラが立っていた。続いて、イヴォも、入ってくる。

「セス君が、地下に籠ってるって聞いて」

「ここは、静かだ」

 イヴォが、棚を見回しながら言った。

「ミラ、イヴォ君。手袋を」

「あ、はい」

 二人が手袋をはめるのを待って、僕は、机の上の欠片を、示した。

「これを、見てほしい」

 ミラが、拡大鏡を受け取った。

「……線?」

「白い層です。重なっている、間隔を見てください」

 ミラは、丁寧に、それぞれの欠片を、覗き込んだ。

 しばらくして、顔を上げた。

「ちょっと待って。これ、全部、同じ間隔じゃない?」

「そう思います」

「え、なんで」

「分かりません」

 僕は、正直に言った。

「ただ、井戸の水位の異変と、関係があるかもしれない。確証はありません」

 イヴォが、小さな声で、訊いた。

「井戸の水位が、おかしいのは、本当なのか」

「本当です。三つの井戸で、水位が、同じ向きに、少しずつ、下がっている。その下がり方が、揃っていない」

「揃ってない」

「はい。時間と、場所によって、差があります」

 僕は、手帳の頁を、開いた。母の産院で測った、三つの井戸の数字が、並んでいる。

 イヴォが、それを、覗き込んだ。

 彼は、すぐに、何かに気づいたように、指を止めた。

「ここ。東の井戸と、本井戸と、北の古井戸。順番に、少しずつ、遅れてないか」

「遅れている?」

「下がり始める時刻が。東が、一番早い。次が、本井戸。最後が、北」

 僕は、息を呑んだ。

 その見方は、していなかった。

 数字を、並べ直す。時刻の列を、縦に見る。

 イヴォの言うとおりだった。三つの井戸は、同時に沈んでいるのではない。順番に、沈んでいる。

「……何かが、どこかから、動いている」

 僕は、呟いた。

 別々の井戸が、同じ間隔で、沈んでいく。

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