第13話 数える速さ
三日後、剣は、少し違う形で戻ってきた。
柄が、指一本ぶん、長くなっていた。鍔は、小さく丸められている。刃は、そのままだ。ただ、鞘の腰のところに、細い革の輪が、二つ、増えていた。
「鞘ごと、棒として使えるように。梃子の長さが、足りないとき用だ」
母は、それだけ言って、剣を渡した。
握ってみた。軽くなったわけではない。ただ、手が、柄の中で、自然に落ち着く場所を見つけた。
店の外で、軽く振ってみた。鞘ごと、棒のように、地面を突く。手首のひねりだけで、長さが変わる。母は、俺の動きを、腕を組んで見ていた。何も言わなかった。ただ、一度だけ、小さく頷いた。
その日の午後、実習院で、座学が入った。
教室には、長机が並んでいる。その上に、白い布で覆った標本が、いくつも置いてあった。
「今日は、留め輪の標本を使って、実習を行う」
ガランが、教壇に立った。腕を組んでいる。
「獣の肩の付け根の、留め輪の断面だ。層の数を、数えろ。時間は、一分」
布が、一斉に外された。
標本は、薄く切った木の板みたいな形をしていた。茶色い層が、何本も、同心円を描いている。年輪に似ている。けれど、年輪より、はるかに細かい。
教室中が、静かになった。
生徒たちが、板に顔を近づけて、指で、層を一本ずつ、なぞり始める。
俺は、板を、見た。
数えようとは、しなかった。ただ、見た。
層が、一定の間隔で重なっている部分と、間隔が少し詰まっている部分がある。その、詰まっている場所を、目で追った。詰まりの数と、詰まらない部分の数を、頭の中で、足す。
「七」
口から、勝手に声が出た。
まだ、十秒しか経っていなかった。
周りの生徒が、ぎょっとして、こっちを見た。
「七?」
「早すぎないか」
「いや、適当に言ってるだけだろ」
ガランは、何も言わなかった。教壇から降りて、俺の机の前に立った。標本の板を、じっと見る。
ラウルが、ちらりとこちらを見た。俺と目が合うと、すぐに、板へ視線を戻した。
しばらく、無言だった。
やがて、ガランは、別の机へ歩いていって、そこにあった板を、指先でなぞった。それから、もう一枚。
全部の板を、確かめて、戻ってきた。
「正解は、七だ」
教室が、ざわついた。
「一分経ったら、全員の答えを聞く。ルーク、お前の数え方を、話せ」
「数えて、ません」
「どういう意味だ」
「層が、均等に重なってる部分と、詰まってる部分が、あって。詰まってる場所は、外側の輪の境い目だと思って。そこを数えて、足しました」
ガランは、小さく頷いた。
「他に、同じ数え方をしている者は」
誰も、手を挙げなかった。
ラウルが、少し離れた席から、こちらを見ていた。彼の板の上には、鉛筆で、小さな点が七つ、打ってあった。数え終わっていたのだ。ただ、俺より、時間がかかっていたようだった。
「ルーク」
ガランが、言った。
「お前の数え方は、速い。だが、速いだけでは、足りん」
「はい」
「速く数えたものは、速く手放しやすい。留め輪は、数えるためにあるんじゃない。切るために、ある」
「……はい」
褒められなかった。
けれど、それは、そんなに、嫌ではなかった。
「ルーク」
授業のあと、ガランは、俺を呼び止めた。
「丸太と、呼んだな」
どきり、とした。
「あの日。鹿を斬る前に。お前は、成り名を呼んだ」
「はい」
「あれは、悪くなかった。だが、あの丸太を、どこへ返すつもりだったか、言えるか」
俺は、答えに詰まった。
窪地の底に、溜めるつもりだった。でも、それは、返す場所ではない。ただの、置き場所だった。
「……言えません」
「名前は、道具の返し場所だ」
ガランは、静かに言った。
「斬った刃が、どこへ帰るのか。それを決めてから、斬れ。決めずに斬ると、刃は、行き先を失う」
それは、謎かけのようだった。
ただ、ガランが、そういう言い方しかしない人間だということは、もう分かっていた。
「ありがとうございました」
「礼はいらん」
その背中が、教室の扉の向こうに消えたあとも、俺は、しばらく、その場に立っていた。
数える速さは、斬る速さではない。ガランが言いたかったのは、たぶん、そういうことだ。留め輪を読めても、そこに、刃を、どこまで、どう通すかは、また別の問題なのだ。
窓の外で、夕方の鐘が、鳴った。
ガランは、背を向けた。それから、振り向かずに、言った。
「返す場所は、覚えておけ」




