第11話 同期首席
剣都ヴァルクの稽古場は、朝から鉄の匂いがした。
円形の砂の地面を、石の段が取り巻いている。段の上には、同期の剣才の生徒たちが、びっしり並んでいた。月に一度の対抗稽古だ。木剣に刃気を乗せて、打ち合う。本物の刃は使わない。木剣に刃気が通って光れば、それが一本になる。
段の最上段では、ガランが腕を組んで立っていた。何も言わない。ただ、俺と目が合ったとき、ほんの少しだけ顎を引いた。それが励ましなのか、確認なのか、分からなかった。
順番を待つあいだ、俺は、自分の手のひらを見ていた。木剣の握りの跡が、赤く残っている。この手で、一回しか、光らせられない。それを、ここにいる全員が知っている。
俺の名前が呼ばれたのは、午前の最後だった。
「ルーク。ヴィント」
審判役の教官が、低い声で告げた。
向かいの段から、ラウル・ヴィントが降りてきた。
同い年で、同期の首席。背は、俺より指二本分高い。黒い髪を短く刈って、木剣を右手に下げている。歩き方が、真っすぐだった。
足の裏に、砂の粒が、一つ一つ感じ取れた。膝に巻いた布が、きつい。呼吸を、ゆっくりにする。
周りが、ざわついた。
「まじかよ。一回の奴だぞ」
「一撃で終わるだろ」
「いや、ヴィントが何本取るか、だ」
聞こえていた。聞こえないふりをした。
木剣を握る。いつも腰に下げている剣とは違う、稽古用の、軽い木の剣だ。手のひらが、汗で滑りそうになる。
砂の中央で、向かい合った。
ラウルは、俺を見て、短く言った。
「全力で来い」
「そのつもりだ」
「手加減は、しない」
「いらない」
審判の手が、上がった。
「始め」
ラウルの木剣が、一瞬で消えた。
違う。消えたんじゃない。速すぎて、目で追えなかった。刃気が、剣身を、一本の白い線みたいに走っている。見事だった。見事すぎて、怖かった。同じ人間の手から出る光だとは、思えなかった。
俺は、体で受けた。いや、受けようとした。刃気を、木剣に集める。細い光が、剣身を走る。
金属ではない、木の音が、ぱん、と鳴った。
受けた。止めた。
第一撃は、ラウルの木剣を弾いて、光を散らした。観客席から、小さな声が上がった。
チャンスだ、と思った。
ここで、反撃すれば、一本、取れる。
俺は、木剣を振り上げた。
その瞬間、気づいた。
刃気が、ない。
木剣の剣身から、光が、すうっと消えていた。握った手のひらの中に、ただの、軽い木の棒があった。
俺の刃気は、一太刀ぶんしか、続かない。第一撃の受けで、全部、使い切っていた。
「くそ」
それでも、振った。光のない木剣が、ラウルの肩のあたりを空振りする。
ラウルは、動じなかった。
二撃目が、来た。
避けられなかった。脇腹に、木剣の側面が、鋭く入った。刃気の光が、俺の服の上で、白く弾けた。審判が、手を上げた。
見ていた全員が、俺が負けることを、知っていた。それでも、こうして目の前で見せられると、体の奥が、きしんだ。
「一本」
もう一撃。足元。
「二本」
さらに、肩口。
「三本。それまで」
三秒もかからなかった。
俺は、砂の上に、膝をついていた。息が、肺の奥でつっかえている。
段の上から、笑い声が、ぱらぱらと聞こえた。
聞こえた。全部、聞こえた。笑っている顔の、一つ一つが、目の端に映った。
それでも、顔を上げた。上げなければ、もう二度と、この砂の上に立てなくなる気がした。
顔が、熱かった。恥ずかしさで、というより、悔しさで、だった。悔しい、という感情を、これほど、体の中心で感じたのは、初めてだった。
目の前に、手が差し出された。
ラウルの手だった。
「立て」
「いらない」
「立て、ルーク」
ラウルは、俺の言葉を無視して、手を引っ込めなかった。
俺は、少し迷ってから、その手を取った。ラウルの手のひらは、硬かった。剣を握り続けた人間の手だ。
「最初の受けは、よかった」
ラウルは、静かに言った。
「俺の初撃を、正面から受けた奴は、同期では、あまりいない。切り口を、見ていた。そうだろう」
「……ああ」
「だが、二撃目が来ない」
ラウルは、少しも責める調子ではなく、事実を、淡々と述べていた。
「お前の刃気は、一回で、終わる。それは、仕方ない。それが、お前の剣だ。ただ、一回の前と、一回の後を、どう組むかを、お前は、まだ考えていない」
俺は、何も答えられなかった。
一回の前と、後。
その言葉が、胸の奥に、すとんと落ちた。
砂を払って、立ち上がる。段の上の笑い声は、もう、聞こえなくなっていた。ラウルの背中が、俺の前を、遠ざかっていく。
彼は、途中で、一度だけ、振り向いた。
「次は、二撃目を見せろ」




