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奪われた香りは、私のものです ~王家御用達の調香師見習いは、追われた辺境で自分の工房を持つことにした~  作者: やまご


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第五十三話 書記長

第五十三話 書記長


 ガレル師の話は、そこで止まった。

 供の者が薬を持って入ってきて、老人はそれを飲み、それから目を閉じた。話せる量が決まっている人の閉じ方だった。

 セレナは客間を出て、事務室へ上がった。

「書記長です」

 ラウルが顔を上げた。

「王都の組合のか」

「はい」彼女は言った。「名前はヴァニエ。十二年、その職にあります」

「知っているのか」

「顔は知っています」セレナは言った。「仕入れの証書に判をもらいに行く相手です。三年、月に二度は会っていました」

「どんな男だ」

 彼女は少し考えた。

「――印象がありません」

「ないのか」

「痩せていて、無口で、いつも同じ場所に座っています」セレナは言った。「話したことは、ほとんどありません」

 彼女は椅子に座った。

「ですが、一つだけ覚えていることがあります」

「言え」

「あの方は、香料の名前を全部言えます」

 ラウルが眉を寄せた。

「書記だろう」

「書記です」セレナは言った。「ですが、証書に書かれた品名の誤りを、必ず指摘されました。産地の書き違いも、等級の取り違えも」

「目利きということか」

「そう思ったことはありませんでした」彼女は言った。「書記は書類を見る人です。品物を見る人ではありません」

 セレナは机の上で指を組んだ。

「ですが、今考えると、あの方は書類だけで気づいていたのではありません」

「――どういうことだ」

「証書と一緒に、見本の瓶を持っていくのです」彼女は言った。「規則です。等級の確認のために」

「見ていたのか」

「嗅いでいました」

 彼女は顔を上げた。

「私は三年、毎月二度、あの方に自分の仕入れた香料を嗅がせていました」


 その日の夕方、ヘルマンが来た。

 セレナが呼んだのだ。

「王都の組合の書記長を、ご存じですか」

「ヴァニエか」男は言った。「知っている」

 セレナは身を乗り出した。

「お会いになったことが」

「一度だけだ」ヘルマンは言った。「五年前、王都の組合の会合に呼ばれた。地方組合の理事長が集められてな」

「どんな方でしたか」

「無口だった」男は言った。「だが、一つ気になったことがある」

「なんですか」

 ヘルマンは眼鏡を外した。

「会合の後、私に声をかけてきた」彼は言った。「アルシェは南方交易の窓口だと聞いている、と」

「それだけですか」

「それから、こう訊かれた」男は言った。「目録に載らない品も通るのか、と」

 セレナは、椅子の背を掴んだ。

「――なんとお答えになりましたか」

「知らんと答えた」ヘルマンは言った。「本当に知らんからな。私は焙って渡すだけだ」

「その方は」

「頷いて、それきりだ」

 セレナは筆を取った。

「五年前ですね」

「五年前だ」

 彼女は書き取った。

 五年前、王都の書記長がアルシェの理事長に、目録外の品の流通を尋ねている。

 三年前、王都訛りの男が灰華を買い占める。

 同じ年、偽の目利きが商会に来る。

 同じ年の冬、仲介した仲買が死ぬ。

 そして今年、王都の組合の印で、アルシェの組合が封じられた。

「ヘルマン様」彼女は言った。「五年前の会合に、他に誰が」

「地方の理事長が十二人」男は言った。「王都の理事が七人」

「ガレル師は」

「いた」ヘルマンは言った。「その場では喋らなかったが」


 夜、セレナは事務室で紙を広げた。

 三月分の書き取りを、全部並べた。

「ラウル様。整理します」

「聞く」

「この街の灰華は、二十年以上、三つで回っていました」彼女は言った。「南の山、組合、別棟です」

「閉じていた」

「はい。外に一人も要りません」

 彼女は紙をめくった。

「その閉じた輪に、外から手を伸ばした人間が二人います」

「二人」

「一人はガレル師です」セレナは言った。「三年前の夏、自分の鼻を消すために買いに来た。個人的な理由です」

「もう一人は」

「ヴァニエです」

 彼女は顔を上げた。

「五年前に、目録外の品が通るかを尋ねています」セレナは言った。「これは、個人的な理由ではありません」

「なぜ言い切れる」

「五年前は、まだ何も起きていないからです」彼女は言った。「ガレル師の手が震えはじめたのは四年前。私が追い出されたのは三月前」

「――先に動いている」

「はい」

 セレナは筆を置いた。

「ヴァニエは、五年前から南方の目録外の品を探しています」彼女は言った。「そして三年前に、この街に偽の目利きを送り込みました」

「なぜだ」

「商会の中を見るためだと思います」彼女は言った。「デュランは四千ドラムを取って消えました。ですが、金が目的なら、もっと簡単な方法があります」

「では、何が目的だ」

「三月、商会の仕入れに立ち会うことです」セレナは言った。「その間に、どこから何が入っているかを全部見られます」

 ラウルの顔が硬くなった。

「――中を見られたのか」

「見られました」彼女は言った。「三年前です」

「では、今回の封は」

「二度目です」セレナは言った。「一度目は人を送った。二度目は、組合ごと止めた」

 彼女は窓の外を見た。

「止めれば、荷が動かなくなります。動かなくなれば、どこかに溜まります」

「――溜まった場所を見る気か」

「そう思います」

 彼女は振り返った。

「ラウル様。組合の倉は、いま封じられています」

「そうだな」

「あの中に、何が入っていますか」

 ラウルが立ち上がった。

「――ヘルマン」

 男は椅子から腰を上げた。

「メルダ号の荷だ」彼は言った。「先月の樽が六つ、そのまま入っている」

 セレナは、机に手をついた。

「焙っておられませんね」

「焙っていない」ヘルマンは言った。「三月前から、私は焙るのをやめた」

「では、未焙の灰華が、樽六つ分」

「ある」

 部屋が静かになった。

「ラウル様」セレナは言った。「封は、証拠を押さえるためではありません」

「――取りに来るのか」

「取りに来ます」

 彼女は紙を巻いた。

「そして、封を貼ったのは向こうです。向こうしか開けられません」


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