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奪われた香りは、私のものです ~王家御用達の調香師見習いは、追われた辺境で自分の工房を持つことにした~  作者: やまご


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第四十七話 南からの返事

 返事が届いたのは、翌朝だった。

 便船の袋に紛れていたのを、ボリスが直接持ってきた。

「別棟に回さずに抜いた」男は言った。「一度だけだぞ。二度やったら気づかれる」

「充分です」

 封を開けたのは、ヴィオラだった。

 紙が粗い。南の紙だった。

 字は震えていて、大きい。読み書きを後から覚えた人の字だった。


 ――お嬢さま

 ――お手紙、ありがとうございます。無事に北へ着かれたと聞いて、ばあやは泣きました。

 ――お尋ねの林のことですが、あれは奥さまがお守りになったものです。

 ――娘のころから、年に二度、ご自分で山へ入られました。傷のつけ方を人に任せると木が枯れると申されて、ご自分で切っておられました。

 ――嫁がれてからも、年に一度は戻られました。北から船で四日かけて、林の手入れだけをして、また帰られました。

 ――亡くなられる年まで、それは続きました。

 ――今は、ジョスラン様が人を入れておられます。二年に一度ほど、木が枯れます。

 ――サシャ


 ヴィオラは、読み終えて紙を膝に置いた。

「――母は、守っていました」

 セレナは息を吐いた。

「二十年、年に一度、船で四日かけて」彼女は言った。「林の手入れだけのために」

「薬を運ぶ人間は、これをしません」

「しません」

 ラウルが手を伸ばした。妹は紙を渡した。

 彼は二度読んだ。それから、机に置いた。

「――母は、林を守っていた」

「はい」

「では、荷は」

「わかりません」セレナは言った。「ですが、林を守る人が、その林から採れるものを北へ持っていくのは、自然なことです」

「何のために」

「使われないためではないでしょうか」

 彼女は椅子に座り直した。

「南の山には、危険なものが採れます」セレナは言った。「灰華、十一番、二十番。どれも人を壊せます」

「そうだな」

「もし、これが南に置きっぱなしになっていたら、どうなりますか」

 ラウルが顔を上げた。

「――誰でも採れる」

「はい」彼女は言った。「山を知っている人間なら、いつでも採れます。売れます」

 セレナは机の上の匣を見た。

「お母様は、それを北へ持っていきました」彼女は言った。「番号だけをつけて、名前を書かずに、匣に入れて」

「隠したのか」

「集めた、と言うべきかもしれません」セレナは言った。「南に散らばっていたら止められません。一つの匣に集めれば、誰が持っているかがはっきりします」

 ヴィオラが顔を上げた。

「――ですが、それでは」

「はい?」

「集めた匣を、誰かに奪われたら」娘は言った。「全部、一度に奪われます」

 部屋が静かになった。

 セレナは、しばらく答えられなかった。

「――そうです」

「母は、間違えたのでしょうか」

「わかりません」彼女は言った。「ですが、間違えたとしても、それは林を守った人の間違いです。薬を運んだ人の悪意ではありません」

 ラウルが立ち上がった。

 窓辺に歩いて、外を見た。

「セレナ」

「はい」

「叔父は、なぜ母が死んだあとに受け取りはじめた」

 彼女は書き取りを見た。

「十六年前にお母様が亡くなり、十五年前から受け取りが叔父さまです」

「一年、空いている」

「はい」

「その一年、誰が受け取った」

 セレナは、その問いを立てていなかった。

「――ヘルマン様に伺います」


 ヘルマンは、組合の理事長室にいた。

 倉には封が貼られたままだ。だが、事務室は使えた。

「十六年前だな」男は帳面を開いた。「私はまだ副理事だった」

「受領記録は」

「先代の理事長がつけていた」ヘルマンは言った。「その帳面は、私が引き継いだときに全部読んだ」

「その年の受け取りは」

 男は指で頁を追った。

「――家名だ」

「アーデンフェルト家、と」

「そうだ」ヘルマンは言った。「だが、その年だけ、注記がある」

 セレナは身を乗り出した。

「なんと」

「受領者、当主代理」

「当主代理」

「先代の当主が病気だったわけじゃない」男は言った。「あの年は、元気だった」

 彼は頁を戻した。

「それ以前は」

「奥さまが直接受け取っておられた」ヘルマンは言った。「記録には家名としか書いていないが、受け取りに来たのは奥さまだ。私は何度も見た」

 セレナは筆を止めた。

「では、その年に代理が立ったのは」

「奥さまが亡くなられたからだ」

「代理は、誰でしたか」

 ヘルマンは首を振った。

「記録にない」彼は言った。「だが、私は覚えている」

「――どなたですか」

「先代の当主だ」

 セレナは、しばらく動かなかった。

「一年だけ、ご主人が受け取られた」

「そうだ」ヘルマンは言った。「一年で、ジョスラン様に代わった」

「なぜです」

「知らん」

 彼女は書き取りを見下ろした。

 母が死ぬ。夫が一年受け取る。翌年から弟が受け取る。

「ヘルマン様。その一年の量は」

 男は頁を確かめた。

「――多い」

「どれくらい」

「例年の三倍だ」


 商会に戻って、それを話した。

 ラウルは、長いこと黙っていた。

「――親父が、一年で三倍取った」

「はい」

「それから叔父に代わった」

「はい」

 彼は机に肘をついた。

「母の手紙は、あの人には決して渡さないでください、と書いてあった」

「そう読まれました」

「あの人が親父なら」ラウルは言った。「母は、親父に渡すなと弟に頼んでいたことになる」

「そう解釈できます」

「そして母が死んだ年、親父が受け取った」

「三倍を、です」

 彼は顔を上げた。

「――母の心配は、当たっていたのか」

 セレナは、答えを持っていなかった。

「わかりません」彼女は言った。「ですが、順番としては、そう並びます」

「では、叔父は」

「お母様との約束を守った、という言い方もできます」セレナは言った。「兄から取り上げて、自分が受け取りはじめた」

 ラウルの顔が歪んだ。

「――叔父が、母の遺志を継いだと」

「言えます」彼女は言った。「ですが、その後の十五年が説明できません」

 彼女は指を折った。

「一つ。灰華は今も北へ運ばれ、焙られ、使われています。保管しているだけなら、焙る必要がありません」

「そうだな」

「二つ。あなたの鼻が壊されました。妹さんの記憶が奪われました。二人とも、お母様の子です」

「――ああ」

「三つ。三年前から王都と繋がっています」セレナは言った。「保管者なら、外部と繋がる理由がありません」

 彼女は顔を上げた。

「お母様の遺志を継いだ人は、途中で別のものになりました」

 ラウルは窓の外を見た。

「――いつからだ」

「わかりません」

「知る方法は」

 セレナは、少し考えた。

「二十年分の手紙です」彼女は言った。「あの束を読めば、お母様が何を頼んで、叔父さまが何を引き受けたかがわかります」

「別棟にある」

「はい」

「取れるか」

 彼女は首を振った。

「取れません」セレナは言った。「ですが、読ませることはできるかもしれません」

 ラウルが振り返った。

「――どういうことだ」

「あの方は、私に一行だけ読み上げました」彼女は言った。「読ませたかったんです。都合のいい一行を」

 セレナは立ち上がった。

「都合のいい一行があるということは、都合の悪い行もあるということです」

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