接触
闇の奥から現れたのは、三つの人影だった。
教国の紋章を刻んだ、飾り気のない黒衣。顔の下半分を覆う布。動きに無駄がなく、足音一つ立てずに間合いを詰めてくる。魔物とは明らかに違う、訓練された人間の気配だった。
「――神聖オーディス教国が名において、罪人アナスタシアの身柄を確保する」
先頭に立つ一人が、抑揚のない声で告げた。
三人の刺客は、示し合わせたように等間隔で距離を詰めながら、じりじりと包囲の形を作っていく。無駄のない足運び、揃った呼吸。一人ではなく、明確な部隊として訓練された動きだった。
「抵抗せず投降すれば、命までは取らぬ。だが――」
その視線が、ライラスと俺に向いた。
「無関係な者が庇い立てするなら、話は別だ」
「無関係、ときたか」
ライラスが、剣を抜きながら低く笑った。
「随分と都合のいい言い分だな。命までは取らないと言いながら、口封じに来た連中が」
その一言に、刺客たちの纏う空気が、わずかに変わった。図星を突かれた、そんな沈黙だった。
「――知っているとは、意外だな」
「教国の考えそうなことくらい、長年見てきた者には分かる」
ライラスの言葉に、先頭の刺客が小さく息を吐いた。
「もう一つ聞かせろ」
俺は、剣を構えながら口を開いた。
「今回の召喚で、本物の器を手に入れたって話は本当か」
刺客の目に、初めて僅かな動揺が走った。すぐに無表情へ戻ったが、その一瞬で十分だった。
「――余計な詮索だ」
「肯定と受け取っておく」
俺の言葉に、刺客は答えなかった。ただ、構える姿勢が一段と鋭くなった。
「ならば、話は早い。抵抗するなら、こちらも遠慮はしない」
その瞬間、三人の刺客が同時に動いた。
速い。魔物の突進とは質の違う、無駄のない加速だった。一人がライラスへ、一人がアナスタシアへ、そして残る一人が俺へと、迷いのない動きで距離を詰めてくる。
「――っ」
俺は反射的に衝突判定への割り込みを試みた。これまで何度も通用してきたハックだ。だが、刺客の剣筋は、俺の予測ラインをあっさりと外れていく。
[ 動作解析中……予測精度:著しく低下 ]
「くそ、読めない――!」
人間の意志が織り込まれた動きは、システムが生成する魔物の挙動とは根本的に違っていた。決まったパターンがない。次に何をするか、俺自身の経験と反射だけで判断するしかない。
辛うじて刃を受け流し、俺は距離を取った。デバッガーとしての優位が、これほど心許なく感じたのは初めてだった。
「アナスタシア、無理に前へ出るな! まずは様子を見ろ!」
「言われずとも!」
彼女の声には、これまでにない緊張が滲んでいた。それでも、逃げようとはしなかった。
ライラスは、さすがに場数が違った。刺客の剣を受けながらも、その体重移動や呼吸の間から、次の一手を読み取ろうとしている。
「坊主、これは魔物相手のようにはいかん! 頭を切り替えろ!」
「分かってる!」
刺客たちは、無駄な言葉を交わさなかった。ただ淡々と、任務を遂行するように剣を振るってくる。その徹底した機械的な冷たさが、逆にこちらの神経を削っていった。魔物には殺意はあっても、目的や打算はない。だが目の前の敵には、明確な意志と、命令に従う理性がある。それが、これまでのどんな死闘よりも不気味だった。
三対三、奈落の闇の中で、これまでとはまったく異質な死闘が幕を開けた。




