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奈落のデバッガー  作者: ろいぷぅ


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迫る気配

 あの夜以来、俺は毎晩のようにデバッグ空間の端に意識を這わせるようになっていた。


 境界維持プロセス、検体保守体、権限監査体――これまで遭遇してきたどの敵とも、感触が違う。輪郭がはっきりしない。まるで、こちらの網に引っかからないよう、意図的に動きを殺しているかのような、そんな気配だった。


「今夜も、いるのか」


 焚き火の傍で見張りに立っていたライラスが、静かに尋ねてきた。


「分からない。薄れたり、濃くなったりを繰り返してる。多分、探ってる最中なんだと思う」


「探ってる、か」


 ライラスは、剣の柄に手をかけたまま、闇の奥を睨んだ。


「教国の追跡は、正規の兵とは勝手が違う。足取りを消すことに長けた連中が、専門にいる。おそらく、そういう手合いだろう」


「対処法は」


「――正直、俺の得意分野じゃない。魔物相手なら勘で立ち回れるが、人間相手、しかも本職の追跡者や暗殺者となると話は別だ」


 その言葉に、これまでとは違う種類の緊張が、腹の底に沈んでいくのが分かった。


 三人は、その日から警戒態勢を根本的に見直すことにした。見張りの順番を三交代から、常に二人が起きている体制に変更した。逃走経路をこれまで以上に細かく洗い直し、キャッシュ領域の中でも死角になりやすい場所を潰していった。俺はシグネチャ秘匿の精度をさらに上げる訓練を重ね、気配を殺す感覚を、意識せずとも使えるレベルにまで叩き込もうとした。


 夜の見張りの合間、俺は何度も自問した。相手が本職の暗殺者だとして、ハックはどこまで通用するのか。魔物のような明確な判定バグは、人間相手にそのまま存在するとは限らない。読み違えれば、致命的な隙になる。


「私にも、何かできることは」


 アナスタシアが、静かに尋ねてきた。


「光属性の力は、隠れることには向かない。だが、いざという時の切り札にはなる。今は、体調を整えておいてくれ」


 ライラスの言葉に、彼女は神妙な顔で頷いた。以前のような反発はなかった。自分の命だけの問題ではないと、彼女自身、痛いほど分かっているのだろう。


 その夜から、彼女は毎日、光属性の発動練習を欠かさなくなった。小さな成功を積み重ねてきた、あの訓練の延長線上で、今度はより実戦的な制御を意識しているのが見て取れた。無駄口を叩く余裕もなく、ただ黙々と、手のひらの光と向き合い続けている姿が、以前とは明らかに違う覚悟を物語っていた。


「お前、昔から教国の追跡者について詳しいのか」


 俺が尋ねると、ライラスは焚き火を見つめたまま、少し遠い目をした。


「鑑定士だった頃、何度か見たことがある。異端認定された者を、教国の国境を越えてまで追って始末する連中だ。俺自身が奈落に落とされたのも、本来ならあの手合いに始末される流れだったのかもしれん。当時は、面倒がられて放置されただけかもしれんがな」


「放置、で済んだのは運が良かったってことか」


「かもな。だが、今回は事情が違う。嬢ちゃんは、教国にとって不正の生き証人だ。放置される可能性は、まずないだろうな」


 その言葉が、重く胸に沈んだ。


 二日、三日と過ぎていく間、気配は現れては消えを繰り返した。まるで、こちらの反応を試すように。あるいは、包囲網を少しずつ狭めているかのように。


 四日目の夜、異変が起きた。


 これまで薄く、遠くにしか感じられなかった気配が、初めてはっきりとした輪郭を持って、こちらに近づいてくるのを俺は感じ取った。一つではない。複数――それも、統率の取れた動きだった。


「――来る」


 俺の声に、ライラスとアナスタシアが同時に立ち上がった。焚き火の炎が、風もないのに揺れた気がした。


「数は」


「分からない。だが、一人じゃない。少なくとも、三人以上」


 ライラスの表情が、これまで見たことのない硬さを帯びた。


「――来るなら来い。嬢ちゃんは、渡さん」


 その言葉に、迷いはなかった。アナスタシア自身も、恐怖を押し殺すように両手を強く握りしめていたが、逃げようとする素振りは見せなかった。俺も、剣の柄を握り直した。


 奈落の闇の奥、これまでとは異質な、冷たい殺意を帯び

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