再分類
刺客が来るかもしれない――その事実は、俺たちの日常に、これまでにない緊張を持ち込んだ。
見張りの回数を増やし、逃走経路をいくつも確認し、シグネチャ秘匿の練度を高める。やるべきことは山ほどあったが、体を動かしている間だけは、頭の中の靄が少しだけ晴れる気がした。
問題は、体を動かしていない時間だった。
夜、見張りの順番を待つ間、俺は自分の中にある、ある違和感と向き合わざるを得なかった。星の見えない奈落の空を見上げながら、思考だけが際限なく巡っていく。答えの出ない自問自答を、何度も繰り返す夜だった。
なぜ、これほどまでにアナスタシアを守ろうとしているのか。
かつて自分を「バグ」と断じ、無帰の奈落へ切り捨てた張本人だ。恨みが完全に消えたわけではない。今でも、時折その記憶が疼くことがある。それでも、迫る脅威を前にして、俺の中には「見捨てる」という選択肢が、最初から存在していなかった。
その理由を、俺は自分なりに言葉にしようと試みた。
(あれは、単なる判定ミスだった)
デバッガーとしての視点から見れば、そう説明するのが一番しっくりくる気がした。アナスタシアという人間そのものを、無条件に受け入れたわけじゃない。彼女を「バグ」と断じた、あの鑑定の儀の判定ロジックそのものが誤りだった――今の俺が守ろうとしているのは、彼女個人というより、その誤りを訂正するという一点なのだと。
家族でも、恋人でも、ましてや仲間でもない。ただ、間違った分類を、正しい分類へ書き戻す。デバッガーとして、それは至極当然の作業に過ぎない。
そう、自分に言い聞かせるように、何度も繰り返した。
だが。
焚き火の向こうで、アナスタシアが薪をくべる仕草。見張りの合間、彼女がふと見せる、力の抜けた寝顔。「――大丈夫か」と尋ねた時に返ってくる、以前より少しだけ柔らかくなった声。そうした一つ一つの光景を思い浮かべるたび、胸の奥で疼くものがあった。
それを「判定ロジックの訂正」という言葉だけで片付けられるのか、俺自身、正直なところ自信がなかった。
「――難しい顔をしてるな」
見張りを代わりに来たライラスが、俺の隣に腰を下ろしながら言った。
「別に。ただ考え事だ」
「嬢ちゃんのことか」
図星を突かれ、俺は答えに詰まった。ライラスは、いつもの飄々とした調子で続けた。
「守りたい理由なんて、後からいくらでも理屈をつけられる。だが坊主、大事なのは理屈じゃない。行動の方だ。お前は、理屈を並べる前に、もう体が動いてる。それで十分だろう」
その言葉に、俺は何も言い返せなかった。図星だったからだ。理屈は、後付けに過ぎない。分かっていて、それでもなお、冷めた理屈にすがろうとしている自分がいる。
「――システムログみたいに、感情を書き換えられたら楽なんだけどな」
「無理な相談だ。少なくとも、坊主のその能力じゃあな」
ライラスが小さく笑った。俺もつられて、力の抜けた笑いを漏らした。
「一つ、忠告しておく」
ライラスが、ふと真顔に戻って言った。
「理屈をこねるのは構わん。だが、その理屈のせいで、自分の気持ちを見誤るなよ。冷めたふりをするのが上手い奴ほど、いざという時に踏み外す」
経験に裏打ちされた重みのある言葉だった。俺は、それを黙って受け止めるしかなかった。
「お前自身は、どうだったんだ。嬢ちゃんを見過ごしてきた、って話をする時、いつも理屈より先に、悔いが顔に出てる」
「――バレていたか」
ライラスは、焚き火に視線を落としたまま、小さく笑った。
「俺の場合は、理屈で片付けようとして、片付けきれなかった口だ。だから今は、片付けようとするのをやめた。悔いは悔いのまま、抱えて生きてる。それだけの話だ」
その言葉が、今の俺には、妙に染みた。無理に結論を出す必要はないのかもしれない。冷めた理屈も、その裏にある情も、両方とも、今はまだ手放さずにいていいのかもしれなかった。
その時だった。
デバッグ空間の端に、これまで感じたことのない、微かな違和感が走った。境界維持プロセスとも、検体保守体とも、権限監査体とも違う――もっと人間くさい、意志のこもった気配。
「――今の、感じたか」
俺の声に、ライラスの表情が一瞬で引き締まった。
「何が見えた」
「分からない。ただ……何かが、こっちに向かってきてる気がする」
奈落の奥、遥か遠くの闇の中から、これまでとは質の異なる、冷




