制御できた力
「食料が心許なくなってきた」
ライラスが乾物の残りを数えながら、独り言のように呟いた。
「三人で出れば、量も稼げるだろう。少し遠出になるが」
「危険は」
「ないとは言わん。だが、これまでと大差ない範囲だ」
これまでは、俺とライラスの二人、あるいは俺一人で担ってきた仕事だった。だが今日は、アナスタシアも含めた三人での遠征になる。彼女自身、当然のように支度を始めていた。ここ数日の変化を思えば、もう誰も、彼女を留守番させるという発想を持っていなかった。
「――足手まといには、ならない」
誰に言うでもなく、彼女はそう呟いてから、荷物代わりの布袋を背負い直した。以前なら決して口にしなかったであろう、自分の役割を意識した一言だった。
境界を越え、これまで足を運んだことのない方角へと進む。道中、アナスタシアの足取りは危なげなく、瓦礫や根を避ける動きにも、以前のような硬さが抜けていた。ほんの数日前まで、瓦礫に座り込んで動くこともできなかった人間とは、とても思えない歩みだった。
「この辺りは、初めて来る」
「実った実がある地帯だ。少し足を延ばすが、収穫は見込める」
ライラスの案内で、俺たちは未踏の領域へと踏み込んでいった。木々の様子も、これまでとどこか違う。密度が増し、下草も深くなっている。
「――止まれ」
俺は小声で二人を制した。前方の茂みが、不自然に揺れている。
[ 座標変化を検知 ]
[ 未登録個体、複数接近 ]
現れたのは、群れで行動する中型の魔物だった。単体なら大した脅威ではないが、数が多い。三方から回り込むように迫ってくる動きは、統率されたものだった。
「囲まれるぞ! 背中合わせだ!」
ライラスの声に従い、三人で円陣を組む。俺が正面、ライラスが側面、アナスタシアが残る一角を受け持つ形になった。
「――私が、足を引っ張るとでも思っているのか」
「思ってない。だから頼んでる」
短いやり取りの後、魔物の群れが一斉に襲いかかってきた。俺はハックで足元の地形を乱し、群れの連携を崩す。ライラスは長年の勘で急所を的確に突き、着実に数を減らしていく。
「そっちに二体行った、気をつけろ!」
「言われずとも!」
アナスタシアは光の力を使えないなりに、俺たちから教わった立ち回りで魔物の攻撃を捌いていた。反射神経だけは、教国での鍛錬が本物だったことを証明するように、危なげなかった。だが、数の多さに、徐々に押され始める。
だが、一体がアナスタシアの守る側面を突破しかけた。牙を剥き出しにした魔物が、彼女目掛けて跳びかかる。
「――退け!」
叫びとともに、アナスタシアの手のひらに光が集まった。いつものように途中で霧散するかと、俺は一瞬身構えた。だが、今回は違った。
[ 光属性反応:微弱ながら安定 ]
小さな、本当にささやかな光の刃が放たれる。派手な閃光でも、圧倒的な威力でもなかった。それでも、狙い通りに魔物の急所を捉え、その動きを止めるには十分だった。
「……効いた?」
アナスタシア自身、信じられないという顔で自分の手のひらを見つめていた。だが、驚いている暇はない。俺たちは残りの魔物を手早く片付け、群れを退けることに成功した。
荒い息を整えながら、三人は顔を見合わせた。
「今の、見たか」
俺は思わず声を上げた。
「見た。ちゃんと、狙った通りに飛んだ」
ライラスが頷きながら応じる。
「まぐれかもしれない。次も同じようにできるとは、限らない」
アナスタシア自身は、まだ半信半疑の面持ちだった。
「まぐれでも十分だ。一度できたことは、二度できる可能性がある。それだけの話だろう」
「……理屈っぽい奴だな」
そう言いながらも、アナスタシアの口元には、隠しきれない笑みが浮かびかけていた。冷静な言葉を口にしながらも、その声には、隠しきれない高揚が滲んでいた。派手な覚醒でも、劇的な解決でもない。ただ、ほんの小さな一歩、自分の意志で力を御せたという手応えだった。
「上出来だ、嬢ちゃん」
ライラスが、いつもの飄々とした調子で言う。だが、その目には、確かな安堵の色があった。彼女の力が、これから先も少しずつ、彼女自身のものとして育っていく――そんな予感を、俺たち全員が、同じ瞬間に共有していた気がした。
「――礼は言わないと言っただろう」
俺の視線に気づいたアナスタシアが、先手を打つように言った。だが、その口調には、以前のような刺々しさがない。むしろ、照れ隠しに近い響きだった。
「言えとは言ってない」
「なら、それでいい」
三人の間に、短い沈黙が落ちる。それは気まずいものではなく、どこか温かささえ滲む静けさだった。
採集を終えてキャッシュ領域へ戻る道すがら、俺は今日という一日を振り返っていた。小さな成功の一つ一つは、取るに足らないものに見えるかもしれない。だが、その積み重ねが、確かに何かを変え始めている。誰にも見えない場所で、少しずつ、着実に。
背負った収穫の袋は、行きよりもずっと重かった。それでも、その重みが、不思議と心地よかった。三人で分け合って運ぶ荷物には、食料以上の何かが詰まっているような、そんな気がした。




