祭壇の守護者
「――もう一度、行くか」
ライラスの一言に、迷いはなかった。板の記録、###権限、遺物による検体の維持――バラバラだった手がかりは、あの祭壇の奥にこそ答えがあるという一点で、すでに繋がりかけていた。
「今度は、もう少しだけでいい。あの保管区画の正体、少しでも分かれば御の字だ」
「欲を出しすぎるなよ。前回みたいに、無事に戻ってくることを最優先にしろ」
頷き、俺たちは装備を整え直した。未接続セクタへの道は、もう三度目になる。気配殺しの精度も、以前よりずっと上がっていた。
準備をしながら、ふと不安がよぎった。あの祭壇の台座は、近づいただけで「アクセス権限:不足」と弾かれた。今回もまた同じように、指をくわえて眺めるだけで終わるかもしれない。それでも、行かない理由にはならなかった。手がかりが向こうから増えてくれるのを待つ余裕は、もう自分たちにはなかった。
境界維持プロセスとの遭遇はなかった。巡回の隙間を縫うように進み、以前よりも短い時間で、あの柱の並ぶ一角へと辿り着く。祭壇の淡い光は、記憶にあるままの姿でそこにあった。
「――静かだな。前と変わらない」
ライラスの呟きに応えるように、俺たちは慎重に足を踏み入れた。柱の隙間から見える台座の並びは、記憶にあるままだった。二十を超える台座、それぞれの上に安置された、輪郭の定まらない何か。前回はここで、好奇心に負けて一番近い台座に近づき、拒絶されて終わった。今回は、もう少しだけ踏み込むつもりだった。
俺は動作解析ログの感度を上げながら、ゆっくりと歩を進めた。台座の一つ、その表面に刻まれた紋様を、今度こそ詳しく読み取ろうとする。
(――これなら、いけるか)
そう思った、次の瞬間だった。
異変は、前触れなく起きた。
[ 異物侵入を検知 ]
[ 検体保守機構:起動 ]
祭壇の中央、あの巨大な構造物の表面に走っていた紋様が、一斉に強い光を放った。地響きのような重低音とともに、祭壇そのものが、ゆっくりと形を変え始める。
「――退がれ!」
ライラスの叫びとほぼ同時に、俺は反射的に後方へ跳んだ。直後、俺が立っていた場所に、巨大な腕のようなものが叩きつけられる。石でも金属でもない、あの祭壇と同じ質感の何かが、人型に近い輪郭を持って、そこに立っていた。
[ 検体保守体を検出 ]
[ 役割:保管対象の防衛 ]
[ 優先目標:検体への干渉排除 ]
「保守体……こいつが、祭壇の番人か」
「境界維持プロセスとは、明らかに毛色が違うぞ。あれは接続を狙ってきたが、こいつは――」
「殴りに来てる。ただの物量だ」
言うが早いか、二撃目が飛んできた。今度は俺ではなく、傍らのライラスを狙った一撃だった。とっさに割り込み、地形コライダーを解除して足場を崩す。狙いは正しかったはずだ。だが。
[ コマンド送信:地形コライダーOFF ]
[ 対象領域:一部のみ適用 ]
[ 効果:限定的 ]
崩れた足場は、ほんの一部でしかなかった。保守体はよろめきもせず、そのまま腕を薙ぎ払う。かろうじて二人とも避けたが、余波だけで体が浮くほどの衝撃が突き抜けた。
「効かないのか、坊主のハックが」
「効いてはいる……効いてはいるが、桁が違いすぎる!」
分割系統を試す。狙った箇所は、確かに一瞬だけ切り離された感触があった。だが、保守体はまるで意に介さず、切れた部分を巻き込むように体勢を立て直し、次の攻撃へと繋げてくる。まるで、痛みという概念そのものを持っていないかのようだった。
「シグネチャ秘匿は、こいつには意味がないみたいだな……!」
気配を殺したところで、すでに向こうはこちらを「検体への脅威」として完全に捕捉している。隠れる技は、隠れる前提が崩れれば無力だ。
「空間収納は――」
試す間もなかった。保守体の体の一部が変形し、これまでより速い連撃が襲ってくる。ハックを組み立てる余裕そのものを、削り取られていく感覚があった。境界維持プロセスは接続を狙って搦め手で来た。だが、こいつは違う。速度と質量、その二つだけで押し切ろうとする、単純明快な暴力だった。単純だからこそ、付け入る隙が見当たらない。
俺たちは後退しながら、距離を取ろうとした。だが保守体の間合いは、想像していたよりずっと広い。振り下ろされる一撃、一撃が、これまで戦ったどんな敵とも桁違いの質量を伴っていた。
「――このままだと、まずいぞ」
ライラスの声に、隠しきれない焦りが滲んでいた。俺も同じことを思っていた。攻略の糸口が、今のところ何一つ見えない。
「退路は」
「入ってきた柱の隙間だ! だが、あいつがちょうど間に立ちふさがってる!」
言われて振り返り、舌打ちが漏れた。保守体は、まるで最初から退路を塞ぐ位置取りを計算していたかのように、俺たちと出口の間に居座っていた。偶然にしては、あまりにも都合が良すぎる。検体を守るための存在は、同時に、侵入者を閉じ込めるための存在でもあるのかもしれなかった。
改めて全身を見渡す。祭壇と同じ、淡く発光する紋様に覆われた巨躯。目や口に相当する器官らしきものはどこにもなく、ただ紋様の明滅だけが、意思のようなものを感じさせた。感情のない、純粋な機能としての暴力――そういう表現が、一番近い気がした。
保守体が、ゆっくりとこちらへ向き直る。紋様の光が、一段階強さを増した。
(――次で、決めに来る)
根拠のない確信だけが、はっきりとあった。動作解析ログの表示は、これまで見たどの戦闘記録よりも赤く点滅している。ハックは、まだいくつか手札が残っている。だが、それをすべて出し切っても、目の前の質量を崩せる保証はどこにもなかった。
ライラスが得物を構え直し、俺と背中合わせに立つ。
「――やるしかない、な」
「ああ」
答えた声が、自分でも驚くほど掠れていた。保守体の紋様が、最後にもう一度、大きく脈打った。




