↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈落のデバッガー  作者: ろいぷぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/65

薄れる気配

 動作解析ログのノイズが完全に消えるまで、二日かかった。


 その間、俺たちはキャッシュ領域に留まり、板の解読と体調の回復に専念した。三日目の朝、視界の端の砂嵐が跡形もなく消えているのを確認して、ようやく人心地がついた。


「――どうだ、調子は」


「悪くない。頭も痛くないし、動作解析ログもクリアだ」


「なら、そろそろ次の手を考えるか」


 ライラスは焚き火の脇に腰を下ろし、腕を組んだ。俺も向かいに座り、あの日の戦闘を頭の中で反芻する。境界維持プロセスの動き、コマンドが弾かれた瞬間の感覚、そして接続が切られていく間の、あの拠り所を失ったような恐怖。どれも、忘れたくても忘れられない記憶だった。


「――で、どうする」


 ライラスの問いに、俺はしばらく考えてから答えた。


「真正面からは、多分もう通じない。あいつの狙いは、俺の接続そのものだ。壊す、書き換える、隠す――どれもこれまでの延長線上のやり方じゃ、正直心許ない」


「じゃあ、延長線上じゃない方でいくのか」


「ああ。あいつは『接続を検知して切断する』のが仕事だ。だったら――」


「検知させなきゃいい、ってことか」


 ライラスの言葉に頷く。単純な理屈だが、これまでの俺のハックはどれも「派手に何かを起こす」方向の技ばかりだった。今回必要なのは、真逆――目立たないための技術だ。


 そこでふと、記憶の隅にあった一体の敵を思い出した。


「――そういえば、前に一度だけ当たったことがある。半透明の個体だ」


「ああ、あれか。動作解析ログでも捉えにくい、厄介な奴だったな」


「あいつが半透明だったのは、確か『読込エラー』が原因だった。存在の判定そのものが不安定で、システム側もうまく捕捉しきれてなかった」


 ライラスの目が、わずかに光った。


「――つまり、わざと不安定になれ、ってことか」


「多分な。境界維持プロセスが検知してるのが『接続』そのものなら、その接続を、あえて半透明――中途半端な状態にしてやれば、検知の網から漏れるかもしれない」


「理屈は分かる。だが、加減を間違えりゃ、接続そのものが完全に切れちまうんじゃないか」


 その懸念は、俺自身も抱いていた。強く隠しすぎれば、俺のハックそのものが使えなくなる。弱すぎれば、これまで通り検知される。ちょうどいい塩梅を見つけなければ、意味がない。


 早速、デバッグ空間に意識を沈め、試してみることにした。


[ コマンド送信:接続シグネチャの減衰 ]

[ 出力レベル:50% ]


 結果は、すぐには分からなかった。境界維持プロセスがいない今、成功したかどうかを確かめる術がない。それでも、いつもと違う、妙にぼやけた感覚――自分の輪郭が、少しだけ薄くなったような、そんな感触は確かにあった。


 目を開けると、ライラスが怪訝な顔でこちらを覗き込んでいた。


「――坊主、お前、今ちょっと透けて見えたぞ」


「――は?」


「一瞬だけどな。気のせいかと思ったが、はっきり見えた。輪郭がぼやけて、向こうの焚き火が透けて見えた」


 その言葉に、思わず自分の手を見下ろした。震えてはいない。だが、何かが確かに変わった感覚があった。


「出力を、もう少し絞ってみる」


[ コマンド送信:接続シグネチャの減衰 ]

[ 出力レベル:20% ]


 今度は、ライラスの反応もなかった。見た目には何も変わっていないらしい。だが、体感としては、先ほどよりも意識が「薄い」感触が残っている。


「加減が難しいな。目に見える変化と、実際の検知されやすさが、多分イコールじゃない」


「地道にやるしかなさそうだな」


 ライラスは短く笑うと、荷物から予備の水を取り出した。


「一朝一夕で仕上がる技じゃなさそうだ。焦らず、少しずつ精度を上げていけ」


「――だな」


 その後も、出力レベルを少しずつ変えながら試行を繰り返した。三十パーセント、四十パーセント、三十五パーセント――細かく刻むたびに、ライラスが「見えた」「見えなかった」と律儀に報告してくれる。単純な作業だったが、これがなければ手探りにすらならなかっただろう。


「――四十のあたりが、境目っぽいな」


「見た目には出ないのに、体感は薄いままか」


「ああ。見た目の透け具合と、こっちの負荷は、多分別軸だ。ちょうどいい塩梅を探るには、実戦でぶつけてみるしかなさそうだな」


 言いながらも、内心では少し嫌な予感がしていた。境界維持プロセス相手に「ちょうどいい塩梅」を試す機会など、そう都合よく何度も巡ってくるものではない。一度の失敗が、命取りになりかねない相手だ。


 それでも、他に道はなかった。


 昼を過ぎた頃には、頭の奥にじんわりとした疲労が溜まり始めていた。クロックダウンとも、あの晩の跳躍とも違う、地味だが確実に体力を削っていくタイプの消耗だった。


「今日はここまでにしとけ」


 ライラスの一言に、素直に頷いた。無理をして潰れては、元も子もない。


 その日は結局、完璧な答えには辿り着かなかった。だが、少なくとも「これは可能性がある」という手応えだけは、確かに掴めていた。


 夜、焚き火の番をしながら、俺はもう一度、自分の手のひらを見下ろした。分割系統も、空間収納も、自己参照の生成も、どれも「何かを起こす」ための力だった。だが今回編み出そうとしているのは、真逆の技だ。何も起こさず、ただ気配を薄くして、やり過ごす。


 派手さのかけらもない。それでも、これまでの戦い方が正面から通じない相手には、こういう地味な工夫の積み重ねしか、対抗する手立てがないのかもしれなかった。


「――名前、考えとくか」


 ぽつりと呟くと、ライラスが片眉を上げた。


「まだ使い物になるかも分からんのに、気の早いことだ」


「験担ぎだよ。名前がないと、どうにも据わりが悪い」


「好きにしろ。お前が作った技だ」


 まだ名前もついていない、この隠れるための技。境界維持プロセスの目を、いつか本当にかいくぐれる日が来るのか――答えは、実際にぶつけてみるまで分からない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。