三つの疑問符
拾い集めた記録の欠片は、キャッシュ領域の焚き火のそばに、雑然と積み上げられていた。
俺とライラスは、その山を前に地道な作業を続けていた。読める板を選り分け、読めない板を脇へ避け、また読める板を選り分ける。単純だが、骨の折れる作業だった。
「――こいつも駄目だな。文字が溶けてる」
ライラスが板を一枚、諦めたように放り出す。
「そっちはどうだ、坊主」
「こっちもイマイチだ。……ちょっと待ってろ、頭の中身、整理してくる」
俺は板を膝の上に置き、意識を切り替えた。動作解析ログを流し見しているうちに、ふと、別のことが気になった。
あの日――複合体を叩き割った直後に流れてきた、規格外のレベルアップの文字列。あのときは頭痛と興奮でろくに読み返す余裕もなかった。今なら、少し落ち着いて確認できる。
俺は久しぶりに、自分のステータスを丁寧に開いてみることにした。
[ LV ] 238
[ HP ] 249,000
[ STR ] 26,400
[ AGI ] 31,850
[ VIT ] 24,900
[ INT ] 12,600
[ MP ] ―(測定不能)
[ 適性 ] ???
[ 固有スキル ] デバッガー(開放)
数値の桁数に、今更ながら軽く眩暈がした。だが、目が引っかかったのはそこじゃない。
(――適性、???)
見間違いかと思って、もう一度見直す。だが何度見ても、そこにあるのは「???」という、これまで見たことのない三文字だった。
覚えている。あの忌々しい大聖堂で、聖女の前で突き付けられた文字列は、確かにこうだった。
[ 適性 ] なし
「――なし、だったはずだよな」
思わず声に出ていた。ライラスが顔を上げる。
「何がだ」
「俺の適性欄だよ。転移してきたときは『なし』だった。魔法適性ゼロの、正真正銘の空欄だったはずなんだ。それが今――」
俺は板から目を離し、ライラスを見た。
「『???』になってる」
ライラスの手が、板を持ったまま止まった。
「はてなの、三つ並びか」
「ああ。文字通り、はてなが三つだ」
ライラスはしばらく黙り込んだ。焚き火の爆ぜる音だけが、間を埋めていく。
「――坊主。ワシは伊達に長年、鑑定台の前に立ってたわけじゃない」
ようやく口を開いたライラスの声は、いつもの飄々とした調子から、わずかに硬くなっていた。
「属性持ちなら、火だ水だという名前が入る。持たん奴は『なし』の一言だ。だが――」
「だが?」
「『不明』ならまだ分かる。鑑定士の技量不足、対象の抵抗、そういう理由でな。だが『???』なんて表示、ワシは見たことがない」
その言葉の重みが、じわりと胸に染み込んでくる。
「一度も、か」
「一度もだ。何百、何千と視てきたが、あんな空欄は初めて見た」
ライラスは炭で地面をなぞりながら、独り言のように続けた。
「『なし』は、判定の結果だ。何も無い、という答えが、ちゃんと出ている状態だ。だが『???』ってのは――」
「答えが出せてない状態、ってことか」
「そう見える。少なくとも、ワシの知ってる鑑定の作法じゃ、そんな表示は用意されてない」
俺は自分の手のひらを見下ろした。何の変哲もない、ただの手だ。だが、この身体の内側にある「値」を測る物差しの方が、今、答えを出せずに立ち往生している。
(――俺自身が、また少し、分からなくなった)
最初から「バグ」だと切り捨てられた身の上だ。今更どんな数値が出てこようと驚かないつもりでいた。だが「なし」という、はっきりした空欄すら覆されるとなると、話は別だった。
「爺さん、これって――」
「先を急ぐな」
ライラスが、静かに俺の言葉を遮った。
「今の時点で言えるのは、二つだけだ。一つ、お前の適性欄は、確かに変わった。二つ、ワシはその意味を知らん」
「……身も蓋もないな」
「本当のことだからな」
ライラスは短く笑って、また板の山に視線を戻した。
「憶測だけなら、いくらでも積める。あの規格外のレベルアップとやらのせいかもしれん。この吹き溜まりで拾った、得体の知れない欠片の影響かもしれん。あるいは――もっと前から、じわじわ変わりかけてたのを、お前が気づいてなかっただけかもしれん」
どれも、ありそうで、どれも決め手に欠ける。
「答え合わせは、後回しだ。今は、目の前の板を片付けるぞ」
ライラスは言葉通り、あっさりと作業に戻った。だが、その横顔には、さっきまでとは違う、微かな緊張の色が残っていた。
俺はもう一度、自分のステータスに目を落とす。
[ 適性 ] ???
三つ並んだ疑問符は、何を聞いても、何も答えてはくれなかった。
だが、これだけは分かる。この空欄の奥に何が眠っているにせよ、それは俺自身の一部だ。ならば、遅かれ早かれ、確かめないわけにはいかない。
焚き火の火を見つめながら、俺はしばらく、その三つの符号を頭の中で転がし続けていた。




