読めない続き
焚き火の傍らで、俺は懐から例の板を取り出した。
あの灰色の「誰もいない場所」で拾った、保守記録の断片。表面に浮かぶ文字列は、何度見返しても同じところで途切れている。
[ 保守記録:断片 ]
[ 本エリアは経過観察後、正式サービスへ統合予定でした ]
[ 保守担当:未割当 ]
[ ―― 以降のログは損傷により復元できません ―― ]
あれから何度も、動作解析ログの解像度を上げて、深層解析を試みた。だが結果はいつも同じだった。
[ 深層解析を実行... ]
[ 復元試行:0.2% → 0.2% → 0.2% ]
[ これ以上の復元には、別経路のデータが必要です ]
「――駄目だ。びくともしない」
俺は板を軽く指で弾いた。硬質な音が返るだけで、文字列に変化はない。
「同じことを何度やっても、結果は変わらんだろう」
対岸でライラスが、干し肉らしきものを炙りながら苦笑した。
「わかってる。わかってるが、他に手がかりがないんだ」
「――他に手がかりがない、というのは、少し違うな」
ライラスの声のトーンが、わずかに変わった。俺は顔を上げる。
「どういう意味だ」
「坊主、前に言ってたろう。あの群れの化け物を狩ったとき、親玉との『繋がり』を断ち切ったら、残り全部が一斉に機能停止した、と」
「ああ。PARENT_NODEとの参照が切れたから、って話だったな」
「その理屈で言うとだ。ここにある板みたいなデータの欠片――もし、それがどこかから『切り離された』もんだとしたら」
ライラスは炭で地面に小さく円を描き、そこから外へ向かって、いくつもの線を伸ばした。
「切り離された先の宛先が、必ずどこかにあるはずだ、とは思わんか」
心臓が、小さく跳ねた。
「――参照先を失ったデータが、行き着く場所」
俺は思わず、その言葉を口にしていた。
「察しがいいな。実を言うと、ワシもただの世間話として聞き流していた噂がある。奈落のさらに奥、地図にも伝承にも半端にしか残っていない一角に――『何もかもが吹き溜まる場所』があるって話だ」
「吹き溜まる、場所」
「行き場を失った瓦礫やら、朽ち果てたモンスターの残骸やらが、風もないのに自然と集まってくるんだと。ただ、実際にそこへ近づいた奴から、ワシが直接話を聞いたことは一度もない。だから今まで、ただの噂だって片付けてきたんだが――」
ライラスは炭を置き、俺の手の中にある板を見た。
「今の坊主の話を聞くと、あながち与太話でもない気がしてきてな」
俺はもう一度、板の文字列に目を落とす。
[ ―― 以降のログは損傷により復元できません ―― ]
このログの「続き」は、この板の中にはない。だが、参照が切れたデータの行き先が本当にあるのだとしたら――同じように「本来どこかに書き込まれるはずだった何か」が、その場所には積み重なっているかもしれない。
「行くしかないな」
「気の早いこった。……だが、まあ、賛成だ。長年溜め込んだ好奇心ってのは、存外、重い荷物でな」
ライラスは杖代わりの木の枝を手に取り、立ち上がった。
「今回は、ワシも一緒に行く。留守番はもう性に合わん」
「無理はするなよ、爺さん」
「その台詞、そっくり返してやる」
軽口を叩き合いながら、俺たちは荷物を整え始めた。動作解析ログに意識を向けると、いつもの静かな森の気配の向こう、北東の方角に、これまで感じたことのない、ひどく希薄な――まるで何もない場所を無理に埋めているような、奇妙な「間延び」の気配を感じ取れる気がした。
気のせいかもしれない。だが、確かめる方法は一つしかない。
焚き火を踏み消し、俺たちはまだ見ぬ「吹き溜まり」へ向けて、歩き出した。




