↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奈落のデバッガー  作者: ろいぷぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/64

地図にない場所

「爺さん、ここを離れて大丈夫なのか」


 出発の朝、俺は思わずそう聞いていた。ライラスがいつもの縄張りを離れるところを、俺は初めて見た。


「なんだ、心配してくれるのか」


「単純に、意外だっただけだ。爺さん、ここに長くいるんだろう」


「二十数年も同じ場所に根を張ってりゃ、そりゃあ足も鈍る」


 ライラスは笑いながら、それでも迷いのない足取りで歩き出した。杖代わりの木の枝が、乾いた土を軽やかに叩く。


「だがな、坊主。ワシは鑑定士だった。知りたいことを知らずに死ぬなんて、性に合わん」


 その一言で、俺はそれ以上何も聞かなかった。


 道中は、思ったより穏やかに進んだ。ライラスの知恵と俺の膂力の組み合わせは、思いのほか噛み合っていた。彼が危険な地形や気配を先読みし、俺がその通りに障害を叩き潰す。役割分担、というやつだ。


 だが、ある地点を境に、様子が変わり始めた。


「――ここからだ。妙な噂を聞くようになるのは」


 ライラスが足を止めたのは、一見して何の変哲もない、巨木がまばらに生える平地だった。だが、動作解析ログを起動した瞬間、俺はその「何の変哲もなさ」の異様さに気づいた。


[ 生成規則の異常を検出 ]

[ 座標データに重複あり:同一個体が複数箇所に存在 ]


「爺さん、見てくれ。あそこ」


 俺が指差した先――十メートルほど離れた場所に、まったく同じ姿勢、同じ表情の毒々しい色の大型甲殻類が、ぴったり重なるようにして、二体存在していた。輪郭線がわずかにブレて、二重写しになっている。


「……こいつは、ワシの目にも二体には見えるが」


「システム的には、多分、一体しかいないはずなんだ。なのに、データが二つ分、同じ場所を指してる」


 実際に戦ってみて、それがはっきりした。


 俺は前に使った手癖で、群れの「親」を探すように意識を沈めたが、今回はまるで勝手が違った。


[ PARENT_NODE 特定失敗 ]

[ 階層構造が定義されていません ]


(参照関係、自体が壊れてる……?)


 群体虫のときのような、綺麗な親子構造はどこにもなかった。ただ、同じデータが無秩序に重なり合っているだけ。仕方なく、俺は正面から二体分の攻撃を同時に受け止め、二発分の拳を叩き込んで押し潰した。物理で殴ればどうにかなる、という当たり前の事実に、少しだけ安堵する。


 だが、こういう「ルールが壊れた場所」がこの先も続くのだとしたら、動作解析ログに頼り切った戦い方は、いずれ通用しなくなるかもしれない。


「坊主、大丈夫か」


「ああ。ただ、思ったより、この先は勝手が違いそうだ」


 ライラスは頷き、それ以上は何も言わず、再び歩き出した。


 進むにつれて、異常はさらに顕著になっていった。


 同じ景色が、微妙に位置をずらしながら繰り返し現れる区間。踏みしめたはずの地面が、数歩戻ると存在しない区間。太陽ならぬ、天井から差し込むはずの淡い光が、一定間隔でぶつりと点滅する区間。


 まるで、この世界を描いている誰かの手が、ここだけ酷く疲れているみたいだった。


 途中、足場が急に崩れた場所で、ライラスが体勢を崩しかけた。とっさに手を伸ばして支える。


「――大丈夫か、爺さん」


「情けないとこ見せちまったな……歳は取りたくないもんだ」


 軽口を叩きながらも、その声にはわずかな疲労が滲んでいた。二十数年、生き延びてきた老人だ。今更こんなところで足を滑らせて死なせるわけにはいかない。俺はそれとなく歩調を落とし、支える手を放さないまま歩き続けた。


 やがて、前方に、これまでとは明らかに質の違う空気が漂う場所が見えてきた。


 巨木すら生えていない、ただ茫漠と広がる、灰色の空白地帯。


 動作解析ログを向けても、まともな情報が返ってこない。


[ 座標追跡:不能 ]

[ この先、既知のマップデータと一致しません ]


「……着いたみたいだな」


 ライラスの声が、めずらしく緊張を帯びていた。


 俺たちは並んで、その灰色の空白を見つめた。踏み込めば、二度と同じ場所には戻れない――そんな予感が、確かにあった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。