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第9話 束の間の戯れ

すぐ帰らずに、帰り道にある公園に寄った。


昼間は子連れの家族が何組か遊んでいるけど、夕方の時間はもう人がいない。


私は1人、ブランコに座った。


軽く漕いで揺れる。


「久しぶりに乗ったな…ブランコ」


今日のことを思い出す。

胸の痛み。


いままでと違うクラスのみんなの視線、空気。


胸に穴がポッカリ空いたような…

孤独感。


群れることを好んでたわけじゃないのに。


下を向く。


「何が、疲れたから行かない…よ」


ブランコをわずかに漕ぐ時の音が、少し、時間を忘れさせた。


野良猫がこちらを見て固まっている。


猫。


あの夜も、変な猫がいた。


私の中から出た光。それを取り込んで…。


あの男の顔がチラつく。月光ピエロ。


あたりは暗くなってきた。


怖いな…


「もう、帰らなきゃ」


立ち上がると、急に猫が飛び上がって、そのまま逃げていった。


「わーびっくりしたっ。そこまで驚かなくても笑」






「ただいま」


私は、すぐ2階の部屋へ向かった。


部屋にある大きな鏡に私の姿が映る。

虚な目、精気の無い顔…

長い金の髪の毛を見るたびに思い出す…


……「才能を奪った」


何それ…そんなもの奪えるわけないじゃない。


鏡は全てそのまま映し出す。

冷徹に、ただその姿を映し出しているだけ。


集団の中で過ごしていると、1人になりたいと思うことがあった。


いま、その群れから追い出されようとしている。


でも


1人になれるからいい…とは思えない。


この胸の痛みは何?

それが、また頭と体を重くさせる。



ピアノの音が聴こえる。

ベートーベン 「月光」第一楽章

「これは…」


私は着替えずに、グランドピアノのある部屋へ向かった。


ドアを開けると、音が鮮明に聴こえる。

部屋が暗い。窓際のカーテンが空いている。

月明かりが差し込み、ピアノを弾いているの人影が見える。


「お兄ちゃん?」


私が近づくと

ピアノの音が止まる。


人影の、頭が少し大きい?


覗き込むと



ピエロのマスクを被った男が立ち上がった。



ゾクっ

「キャっ!!」





「はっはっはっ、オレだよ」


男はマスクをとった。


「お兄ちゃん…!?」


「そこまで驚かなくても笑」


「驚くわよ!なんなの?!そのマスク」


「これか?合宿で使ったピエロのマスクだ」


「合宿で何してんのよ!ずいぶん長い合宿ね!」


「なに怒ってんだよ笑。それより電気つけるか」





「おお!写メ通りの金髪だな!やばい似合うじゃん。ていうか、ついにグレたのか笑」


「そんなんじゃない…けど」


「けど何だ?でも、それくらいでいいんだって」


「なによ、それくらいって」


「知ってるか?あんまり優秀で目立つと、狙われるんだよ。ピエロのマスクを被った亡霊に」


「え?」


「最近の都市伝説だ。猫を連れてるピエロにな、おしおきされちゃうんだよ笑」


「お兄ちゃん知ってるの?」


「ニカも知ってんのか。さすが何でも知ってるんだな。都市伝説なんて興味ないと思ってたけど」


「都市伝説…?そうなんだ」


「このピエロのマスク使って、サークルでふざけてたんだ」


「趣味悪いよ…」


母が部屋に入ってきた。


「どうしたの、悲鳴まであげて、ビックリしたわ」


「ごめんごめん、ちょっとニカを驚かせてやったんだ」


「イチヤ…そういうとこお父さんにそっくりね」


「お父さんいないんだもんな。いないとは思ったけど」


母

「ニカ、文化祭どうだったの?」


ニカ

「え、ああ、まあ、完売できたよ。失敗もあったけど…」


母

「失敗?」


ニカ

「うん、ちょっとね」


母

「大丈夫なの?」


ニカ

「う、うん。大丈夫」


兄・イチヤ

「文化祭か、ピアノは弾かなかったんか?」


ニカ

「今年は弾いてないよ。聴かせられない完成度だし」


兄・イチヤ

「へぇー、なんか変わったか、ニカ」


ニカ

「え?私?そんなことないよ」


兄・イチヤ

「ふーん」


母

「そうそう、ニカ。お兄ちゃん、一人暮らしすることになったから、明日、引っ越すんだって」


ニカ

「えー?!しかも明日?」


母

「もう、決めたらすぐ行動はいいけど、もっと早く相談してほしいわ。お父さんそっくり」


兄・イチヤ

「すまないな、ニカ」


ニカ

「ん?うん…」


暮井イチヤ。私の兄。いまはこんなに元気で、自由気ままだけど。少し前までは、そうではなかった…。


それから


兄は部屋でずっと引っ越しの準備をしていた。


夕食ができたので兄を呼びにいった。


「お兄ちゃん、ご飯は?」


「あとで食べるよー、片付け終わんなくて」


「全部食べちゃうからね!」


「そしたら、作るからいい」


「そんな時間ないんじゃないの?!」


「大丈夫だから、あとでー」



そんなに、何を急いでるんだろう。







結局、兄はずっと部屋で引越しの準備?をしていた。



明日は日曜。部活は休み。

とりあえず、休みで良かったけど…。



兄の部屋の前。


「ご飯もお風呂もお兄ちゃんだけだよー」


「おー、ニカ。ようやくまとまりそうだ。ちょっと入ってこいよ」


「え?」


ドアが開いた。


「ほら、入った入った」


「なになに?」


私はなぜか恐る恐る部屋に入った。


「何、恐る恐る入ってんだよ笑」


「何か、久々入るし」


「そうだな。パジャマ紺色に変えたんだな。金髪に似合ってるな」  


あまり髪のことには触れられたくない。


「で、どうしたの?」


「ニカ、何かあったか?」


「え?何かって言われても」


「ま、いいんだけどさ。今日、ピアノも弾いてないし、元気ない顔してるし」


「そ、そうかな?ピアノは、なんか楽譜通り弾けなくて…」


「なんだスランプか?楽譜通りなー、それもいいけど、感情の思いのままに弾くのもいいじゃん?ニカらしくはないけどな。マシーンかってくらい楽譜に忠実にだったもんな、ニカのピアノ」


「スランプかわからないけど…また練習してみるつもり」


「そっか。ずっと比べられてきたからなオレは。ニカと。いつも、いつの間にか、ニカに追い抜かれて、みんなニカに注目しだして」


「そんなことない。お兄ちゃんのピアノ私好きだし、バスケだってお兄ちゃんが教えてくれたり、色々、試合見せてくれたから」


「ははは。先にオレが知って、ニカはいつも真似して後をついてくる。それでいつの間にかオレを超えていきやがるんだよ。オレの妹は笑」


「そんなつもりじゃないんだけど…私はただ夢中で」


「そんなニカが突然、金髪になって、毎日弾いてたピアノも弾かず、文化祭でも失敗?したとか、そして、元気も無さそうだ。何かあったと思うだろ」


「何も…ないけど、色々やろうとすると、混乱してきちゃって」


「それが、ニカらしくないな」


「う、うん…」


それはわかっていること…。

兄に覆面の男のこと、話すべきだろうか。いいや、あのことだけは、家族にも話せない。あんな非現実的なこと。でも…。


「オレ、一人暮らししてさ。また新しい明日を見つめてくことにしたんだ」


新しい明日がある。新しい未来がある。お父さんの口癖。

兄もまた、いつからか口にするようになった。


「突然だね笑。お父さんの影響?」


「それは…あるかもしれないけど、オレの意志」


「大学は楽しい?」


「ぶわっはっはっ。楽しい。自由過ぎて笑」


「そうなんだ」


兄と話して、私は少し元気を取り戻せた気がする。


「ニカ。何があったか知らないけど、もし何かで苦しんでるとしたら、それだけに囚われるなよな」


「え?」


「いまが窮屈でも、未来の方が広い。高校生活なんてただの思い出になって残るだけのものだ。未来に輝ける自分を想像しな」


「ふふふ笑」


「何がおかしいんだ」


「そんなこと言って、お兄ちゃん2歳しかかわらないのにって笑」


「ばぁか、その2年が違うんだよっ!」


「わかってるよ笑。そうだね。いまのお兄ちゃん見てると、そう思うよ」


「なんつって、昔のオレは前向いてなかったからな。ニカと比べちまっててな」


「ごめん、私、お兄ちゃんを苦しめてたのかな…」


「謝ることない。ニカはニカ。どんどん突き進めばいいんだ。ニカにしかできないことやればいいんだ」


「うん、ありがとう」


「じゃあ、飯食って、風呂入ってくるわ」


「ご飯用意するよっ」


「温めるだけだろ?」


「そうだけど、今日でしばらくお別れだもんね」


「お別れなんて笑。そんな大袈裟な…こっちゃないけど。うん、頼むわ!」



リビングに移動して、母が作った豚の生姜焼きを温め直して、私のお手製ポテトサラダを盛り付けた。


「うまーっ!!」


「美味しいよねー、生姜焼き」


「ポテトサラダもうまっ!胸でおいしさがの花火が弾けてるぜ」


「ハハハっ、なにそれぇ。そんなに喜んで食べるなんて笑。嬉しいなぁ」


「しばらく、食えないと思うと、たらふく食べておかないと。いや、夜遅いから、少なめにするか。さっき食べときゃ良かったわ」


「夜遅いとか相変わらず気にしてるんだね笑」


「まあ、気まぐれだけどな」


「お兄ちゃん、ありがとうね」


「さっきの話か?やっぱり元気なかったのか」


「クラスの出し物で失敗しちゃって…」


「文化祭か。去年のクレープとかか?」


「そう」


「ニカ、両親譲りの18番スウィーツじゃないかよ。失敗なんてするのか」


「……クレープ食べた人の中にお腹痛くなった人がいたみたいで…」


「そりゃあ、まずいな。それがホントなら落ち込むわな。でもニカがその辺ミスるかねぇ」


「最近、ドジ多くて、もしかしたら食材出しっぱなしとかあったのかな、色々考えても思い出せなくて」


「それで落ち込んでんのか、そりゃあな。まだわからないんだろ?クレープ原因か」


「ほぼ間違いないと思う」


「まあ、済んだことだ、考えてもしゃあない。また、挽回すればいいんだよ」


「うん…ありがとう、そうだね」


「ニカなら大丈夫」


「うん……お兄ちゃんは?なんのサークル入ったの?」


「ああ、都市伝説研究会」


「え?!ホントにいってるの?」


「ホントだよ。考古学とかもけっこうハマってたりしたんだけど、そっちの方が面白そーで」


「だから、さっきあんなこと言ってたんだ」


「ピエロのマスクの亡霊か?まあ、最近聞いたことあって、みんなで盛り上がってたんだ」


「そういうの前から好きだった??」


「まあ、信じてなかったけどな。そんなん。でも、家でな、子供のころ本読んで…本だったかな。世界には、願いが叶うと言われる宝石があるとか、何個かに分かれてて、すごい力があるとか無いとか」


「へー、初めて聞いた。そんなの、漫画の世界しかないから、なんかの漫画みたんじゃないの?」


「うーん、漫画じゃないと思う。うっすら記憶にあるだけで。なんかその時もワクワクした覚えがあるよ」


「それが、今につながってるの??都市伝説」


「バカにしてるだろ笑。都市伝説なんてどうでもいいんだけどな、大学でそういうのワイワイやってるの楽しいし、まあ、夢があるだろ」


「うーん、わからないかも笑」


「女子にはわかんねぇーか、ロマンてもんが」


「ロマンなんだ笑」


その時、お母さんが入ってきた。


母

「あら、今ごろご飯食べてたの?」


イチヤ

「うん、片付け遅くなっちゃって。それより美味いよ!生姜焼きとポテサラ!」


母

「今日で、しばらく食べられないものねぇ。遅くなるから、早くお風呂入ってねなさいね、じゃあ、おやすみね」


イチヤ・ニカ

「おやすみー」


イチヤ

「美味しかったー!ご馳走様!」


ニカ

「片付けておくね。お風呂入っていいよ」


イチヤ

「すまねぇ。んじゃお言葉に甘えるわ」


ニカ

「そしたら、私は先に寝るね」


イチヤ

「おう、わかった。それか、風呂も来るか?」


ニカ

「はあ?行くわけないでしょ!何言ってんの!」


イチヤ

「お約束の冗談だよ笑」


ニカ

「意味わかんないから」


イチヤ

「じゃあ、ありがとな、ニカ」


ニカ

「あ、うん、おやすみ」


イチヤ

「おやすみ」



他愛もない、久しぶりの兄との会話で、暗い気持ちも和らいだように思えた。




束の間の休日を過ごし、また学校生活がはじまる。


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