第8話 装えない崩壊
教室内は静まりかえっていた。
静まりかえる空気。
冷たい視線。
私はこの場を離れたかった。
立ったまま、皆の顔を見渡す。目線をどこに置いていのかわからない。
冷ややかな皆の視線が、時間を停止させる。
「ニカ」
ルカが、私に話しかけた。
私は、立ったまま顔をルカの方に向けた。
「最近のニカは見てられないわ」
「…どういうこと?」
「去年までのニカはどこへ行った?」
「え?」
「こんな失敗するような人じゃなかった。先を予測して用意周到だったし、いつも余裕があって、あらゆることを完璧にこなしていた」
「そんなこと…」
「あるわ。こんな問題を引き起こすようなこと今のいままで無かった。体調不良を訴えて来た人、みんなクレープ食べてたみたいよ」
「そう…なの……ね」
皆の方を見渡すと、私を睨むように目で訴えてくる。
お前のせいだと。
「ニカだけのせいじゃないのはわかってる。だけど、2年8組全員が悪者として見られてるのは事実。アタシたちもいま、どうして良いのかわからない状態。山威先生が、来たら、話そう」
「もちろん。そうだね、わかったわ」
「みんなも、そんな目やめて。ニカばかり頼ってるからこうなるの。全部ニカのせいにするようなその視線。さっきまで、ニカ様々だったのに。自分に被害を被りそうになると、途端に他責?」
ニカへの視線は解除された。
みんな、よそよそしく、前を向いたり、スマホをいじりだしたりしだした。
そこに、山威先生が入ってきた。
「なんだ、みんな、集まってたのか。もう終わったのか、この教室の貸し出しは」
「それどころじゃないから看板外しました。それより、どうなったんですか?体調不良の件」
「渡瀬、さっきお前にも伝えたが、体調不良を訴えでた人は24人。その中、20人が2年8組のクレープを食べたと言っている。このクラスにもいるみたいだな、皆、あとの方に食べた人たちのようだ」
「つまり最後の方の材料が、痛んでいたってことですか?」
「その可能性は高いが…まあ、話は全員集まってからにしよう。まだ部活の出し物やってる人たちが戻ってきてないだろ」
「全員そろったようだな。本来なら、いまからこの教室を片付けるところだが、その前に文化祭で多くの体調不良が出た件について話しておく。今日の13時から14時にかけて多くの体調不良者がでた。そのうち20人が、8組のクレープを食べたという。幸いにも救急車で運ばれるような重症の人は今のところいないようだが。
保健所の検査が入るようだ」
ルカ
「保健所?クレープ調べに?」
「渡瀬の言う通りだが、クレープ食べた20人が腹痛を訴える体調不良という現場に対して、学校側としては保健所に、クレープの調理場を中心に、今日、検査してもらうことになった」
ルカ
「今日?そこまでするんですか?」
「そうだな、先生もそこまで大きなことにしたくなかったが、20人を超える人が腹痛を訴えてるとなるとな、ましてや、皆がクレープを食べてるという共通点があるからな、対応しない方が問題だろう」
教室は静まりかえっている。
「ということで、もう保健所の人がくる。調理組の暮井、安藤、鈴家は、いったんこれから先生と家庭科室来てくれて。みんなは、大変だが教室の片付けやっていてくれ」
私は、席を立ち山威先生と共に家庭科へ向かった。
教室を出る際、皆の視線は冷たかった。
家庭科室には、保健所の人が来ていて、材料管理や指示、調理方法、どのような形でクレープを提供していたかを私を中心に質問してきた。
30分程度、質問に応えると、調理組は返された。
調理組の三人は、疲れた顔で廊下を歩きはじめる。
ニカ
「安藤さん、鈴家さん、ごめんね」
鈴家
「ニカちゃんに頼り過ぎてたのはあるけど、あんなに頑張って完売したのに、こんな騒ぎになるなんて、やっぱりショック」
安藤
「管理さ…そんな問題あったかな…」
ニカ
「ちゃんとしてたつもり。でも実際、最後の方の人たちが腹痛を訴えてるから。クレープに原因はあるよ、あとは検査結果を待とう」
安藤
「……」
鈴家
「調子に乗って調理組になんてならなきゃよかった」
ニカ
「こんなことになるなら…そうだよね…」
鈴家
「私、先、教室行ってるね、じゃあ」
ニカ
「え?あ、ああ」
安藤
「……」
ニカ
「安藤さんは、先、行かないの?」
安藤
「…私は…そうだな、うん、先…行くね」
ニカ
「わかった。私は、安藤さんや、鈴家さんと一緒にできて良かった。それだけは伝えておくね」
安藤
「え?……う、うん、私も…」
と言うと、安藤さんは先へ走っていった。
私はあとから1人で教室へ向かった方が良い。なんとなく、そう感じていた。
「教室…戻りたくないな…」
2年8組 教室。
先に着いていた鈴家さんは皆と一緒に教室の片付けに溶け込んでいた。
私が教室に入ると、皆が一瞬だけ私を見て、すぐに片付けの作業に視線をズラすのがわかった。
神村くんの姿がなかった。
私は、誰にもそれを聞けなかった。
この空気は何だろう…
私だけ…時間が止まってる
周りは、いつものクラスのざわめきの中、時間が進んでいる。
笑い声。
机を動かす音。
誰かの話し声。
いつもなら、何も気に留めなかった音。
なのに今日は、そのすべてが遠く感じた。
味わったことのない、空気のような孤独感。
ルカもいつものメンバーと、ふざけあいながら片付けをしている。
私はひとり、机と椅子を元の位置に戻しはじめた。
保健所の人のこと、何を聞かれたのか、それも聞いてくる人はいない。
先に、鈴家さんが来て話したのかもしれない。
そうだとしても…私に何も聞いてこないのは、なぜだろう。
まるで、私の存在が無いように、私は浮き足だち、机を運ぶ。
そのことで、いまの自分の置き場の無さを、いや、私の存在を無視されているかのような居心地の悪さを、ごまかすように、机を運んだ…。
すっかり、元の教室にもどったころ、山威先生が再び来た。
「みんな、ご苦労様。片付けも落ち着いたみたいだな。みんな疲れたろ。先生は保健所の方、まだ対応するしかないから、今日はもう帰って良い、気をつけて帰ってな」
すぐさま教室を出る人、教室に残った話す人、みんなの反応や行動は淡々としていた。
今日は部活が無い。
もしあっても行く気にもなれない。
今日は、疲れた。帰ろう。長い1日が、やっと終わる…。
教室を出るのも、廊下を歩くのも、こんなにも息苦しいものなのか。
いつも感じる、視線。
どうでも良かった。
今日の出来事と、いま私に何が起こっているのか、答えのないどんよりとした雲のようなものが、頭の中でぐるぐる回っている。
階段から、ゆっくり一歩一歩、1階へと降りていく。
靴箱に着いた。
脱いだ上履きを屈んで取り、靴箱にいれる。
いつものローファーを履き、ずり落ちた紺のソックスを直していると、後ろから声がした。
「く、暮井さん」
「え?」
「私、こ、小坂です」
「知ってるよ笑」
「暮井さんは…今日、打ち上げ行きますか?」
「え?何の打ち上げ?」
「クラスのです」
「私?は…」
そんなこと聞いてなかった…。
「今日は疲れたから、行かない。小坂さんは楽しんで来てね」
私は、あたかもクラス会のことを知ってたかのように、知らないかったことに恥ずかしさを覚えつつ、平然を装った。
心に突き刺さってジンワリと広がる痛みを掴むように右手で胸を押さえながら、振り向かずに、急ぐように歩き出した。




