第10話 新しい明日
兄は日曜日の午前中に、大学の先輩と借りてきたレンタカーで、あっけなく引っ越していった。
母が寂しそうな顔をして見送っていた。
「この広い家にニカと2人きり。寂しくなるわねぇ」と車が角を曲がり、見えなくなると、私につぶやく。
「ここのところずっと2人だったじゃん。変わらないよ。お父さんも帰ってくるし」
と応えると。
母は「いつまで待たせるのかしら」
と、小さなため息を吐き、ほんのり笑みを浮かべていた。
「そうだね。リモートで話してるだけじゃあね。早く帰って来てって催促してみようよ!」
というと、母は
「ダメダメ、困らせちゃうから」と言って、家の中へ入っていった。
私も家の中へ向おうと踏み出したが、兄の言葉をふと思い出し、車が去った方を見てつぶやく
「新しい明日…か…」
そして、その明日がやって来た。
月曜日ー
昨夜はあまり眠れなかった。
人に会うのが…怖い。こんな思い、いままであまり感じたことがなかった。あっても、ほんの一部の人にっていうのだけ。
あの時のクラスの皆のあの冷やかな目。
私の存在が無いかのような、居心地の悪い空間。
私を避けるように距離を置こうとする人の心理。私と居たら、自分もみんなに冷やかな目で見られる。その心を感ずるときの胸の痛さ。
私の被害妄想かもしれない。
でも、クラスの打ち上げを知らされなかった事実。その事実が、妄想ではなく現状。
いままでは、求めなくても賞賛の注目を浴びていた。
そのことに鬱陶しさを感じるほどに。
朝は寝過ごしてしまい、登校がまたギリギリになってしまった。
学校が近づくにつれて、緊張が高まっていくのがわかる。冬の寒さのような不安のせいで、目の前のことしか見えない。
逃げて帰ってしまいたいとの思いと、逃げたくない、負けたくないとのジェットコースターのような心の葛藤とは裏腹に平常心を装ってクールな表情で歩いていく。
校内に入った。
気になるのはクラスの皆の反応…。
廊下を歩き、階段を登る。
相変わらず、視線は感じる。顔がこわばっているのがわかるけど、どうしていいかわからなかった。
クラスへ向かう廊下、すでにクラスメイトの人たちの姿は何人か見えてる。
何をこんなに緊張しているのだろう。
心臓の鼓動が身体全体に響くようだった。
もう、クラスメイトとは何人か目があっている。私から挨拶はできなかった。
いよいよ、教室。ドアは開いている。
教室に入った。
皆は、それぞれの場所で話している。
私が教室に入った瞬間、何人かは私の方に目を向ける。
私は思わず
「おはよう」
と、特定の誰かに言うわけでもなく、口にして席の方へ歩いていった。
挨拶には誰も、反応しなかった。何事もなかったように、元の話題に戻っている。
やっぱり、前とは違う…。
私は、通常を装い。自分の席に着く。
いつも読んでいる本を読んだ。ぜんぜん頭に入ってこない。
私は、いったい何をしてるんだろう。
「暮井さん、おはよう!」
驚くように顔をあげると、神村サイゴくんが立っていた。
「あ、おはよう神村くん」
「何おどろいてるの?笑」
「え?いや、お腹大丈夫と思って?」
「大丈夫、大丈夫。もう元気も元気!」
「そっか、良かった」
皆が、その様子を少し驚いて見ている感じがした。
「なんか元気ない?」
「う、うん、あのことまだ引きずってはいるから」
「暮井さんだけのせいじゃないから」
皆がこちらを、気に食わないような視線で、見ている…気がしてしまう。
「ありがとう」
神村くんが声をかけてくれたのは嬉しかった。
でも、神村くんまでもが悪く思われてしまうんじゃかいかと、ぎこちない反応で応えてしまった。
そこに、山威先生が入ってきた。
1時間目のチャイムが鳴る。
1時間目は山威先生の歴史の授業。
「おはよう。よし、みんな、まず聞いてくれ」
クレープ関連の話のはず。保健所の検査でどんな結果がでたのか、気になっていたことのひとつ。
「文化祭、お疲れ様。2年8組のクレープを食べて体調不良がでた件についてだが。保健所の検査では、クレープの材料、調理場からの細菌は検出されなかった」
私は、驚きと同時に胸に一気に安堵感が広がっていくのがわかった。でも…。
「どういうことですかー?クレープ食べた20人近くが腹痛を訴えたのは事実でしたよね?」
クラスの皆を代弁するようにルカが先生に訪ねた。
「そうだ。だが、調理や保管での注意点。屋台ではなく、調理は必ず室内に専用の調理場で行う事、作り置きはしない事など、全て保健所から許可を得た時のルールは守られていたし、細菌も検出されなかった」
クラス生徒からも声があがる
「じゃあ、今回起きた問題は、どう落ち着いたんですか?」
「そうだな。結論から言うと、今回起きたことをもう二度起こさないようにするために、今後、文化祭での飲食店は無しにしようとの話しになった。幸いにも、腹痛や少しの吐き気などの症状から悪化したり、高熱が出たりは無かったようだから、今回の件は学校側の責任として反省し、体調不良になった人達に謝罪して、より一層、今後の学校の発展をもってその姿勢を示していくつもりだ」
鈴家という女子生徒
「でも先生、2年8組のクレープを食べて複数人の体調不良が出たって事実は残りますよね?そういう目で見られる私たちは、どうなるんですか?」
山威先生
「学校側に責任がある。生徒には責任はない。みんなはよく頑張った。このようになる予測をせず、万が一を懸念せず、生徒任せにしてしまった学校側の怠慢が原因だ。だから、このことで揉めたり、自分たちを責めたりはしないで欲しい」
鈴家
「全然わかってないですよー。学校側の責任ってなったところで、8組のクレープで問題が起きたって事実はきえなくて、そんな目で見られ続けなきゃいけない自分たちはどうなるんですかってことですよ」
山威先生
「それは…」
ニカ
「私も、体調不良訴えてきた人達に謝ります」
ある女生徒
「それじゃー、暮井さんの自己満足で、結局8組のクレープのせいだったて認めることになっちゃうじゃん、そもそも暮井さんが…」
神村サイゴ
「だー!もういいじゃねぇかよ。クレープ屋から細菌は検出されなかったんだろ。もうグダグダ言う必要無ぇじゃん?8組が悪く見られる?問題起きたのは事実だから、そん時はそん時で謝っていけばいいだろうよ。そもそも暮井さんが何だよ?まだ暮井さんだけのせいにしてんのかよ」
ある女生徒
「それはぁ…でも、神村くんは暮井さんの本当の姿とか知らないからそんなこと言えるんだよ」
神村サイゴ
「は?何だよ、その本当の姿って」
え?
本当の…姿…?
ルカ
「やめなよ!こんなところで争うの!」
山威先生
「まあまあまあ、みんな落ち着け」
ルカ
「先生、今後、クレープの件の調査って続くんですか?これでいとまず終わりってことですか?」
山威先生
「今後、調査はしていかないことになった。このことに関しては、以上だ。さあ、授業だ。日本史の教科書開けて」
消化不良、不穏な空気のまま。それをうやむやにするように、授業は始まった。
クレープ関連から細菌は検出されなかったは意外だった。私の落ち度だと思っていたから、そこは救われたような気持ちになった。
でも…なぜ、終盤にクレープを食べた人が腹痛になったんだろう。
そして、私の本当の姿って、何?
休み時間ー
私は山威先生にもう少し詳しく聞こうと声をかけようとした。
それより先に、ルカが先生に声をかけていた。
「先生ー、聞きたいことがありますー」
「すまんが、次も違うクラスで授業があるから、あとでだ」
「じゃあ、職員室までついて行くかららその間にぃ」
「何ぃ?そんなに時間ないからな」
と、教室を出て行った。
ルカは先生のあとを歩いて行った。
「サイゴ!」
「ん?」
「ちょっとベランダ行こうぜ」
「え?ああ、いいよ」
神村くんは、同じ軽音楽部の高畑くんと、教室のベランダへ行って何かを話してるようだった。
それにしても、本当の私の姿ってなんだろう…?
この状況で、そのことを聞けるはずもなかった。
私は、次の授業の国語の教科書を出して準備していた。今日は古典。
最近、私は忘れ物が目立つ分、チェックが多くなった。
ちゃんと持って来てる。こんなことで安心するなんて。
「暮井さん」
前に視線を移すと、小坂ナナコさんが、何か、恥ずかしそうにうつむいていた。
「小坂さん、どうしたの?」
「その、金曜は、へ、変な質問してしまってごめんなさい」
「え?ああ、靴箱のとろこでの話し?」
「そうです。ごめんなさい」
「そんな、何で謝るの?小坂さん別に悪いことしてないじゃん」
「わ、悪いことしてしまった気がします。ホント、ごめんなさいでした。で、では、失礼します」
「あっ、う、うん」
小坂さんは、そう言うと自分の席に戻っていった。
小坂ナナコさん…不思議な人。でも、メガネがとても似合ってて、可愛い顔だなぁ。はじめて同じクラスになったけど、どこかで見た気がする。
神村くん達がベランダから戻ったきた。
神村
「俺は関係ねぇから」
高畑
「わかったよ、知らねぇからな、どうなってもー」
何を話していたんだろう。
2時間目。国語ー
「…い」
「暮井ー」
はっ。居眠りしていた。
「寝るなよな。暮井らしくもない」
「す、すみません」
昨夜はほぼ朝に寝始めたから、眠い。
いつの間にか寝ていた。
誰かが言った。
「そりゃ夜更かししてりぁ、眠いよね」
クラスの皆が、一瞬だけウケて笑った。
いったい何?
休み時間ー
皆は、各所でクラスの打ち上げの話ををしているのが聞こえてくる。スマホを見て、きっとその時撮った写真を見て盛り上がっている。
私は、居心地の悪さから離れ、教室を出た。行く宛はない…。とりあえずトイレに向かった。
普段は、ルカがついて来るのに、今日はまだ話しかけられていない。やはり距離を置かれている気がする。
トイレに入ると、クラスメイトの鈴家さん達がいて、こちらを見た。
気まずい。
「あら、ニカじゃん。何か気まずそうね」
と言って
鈴家さんが私の前に来た。
鈴家
「ニカ、クレープが問題なくて良かったって思ってるでしょ」
ニカ
「え?細菌が検出されなくて良かったとは思ってるよ」
鈴家
「ふーん、私はクレープ作る側たったから、あの事件以来、気が気じゃなかったわ。学校側の責任って言うけど、あの事実は残ってるの」
ニカ
「そうだよね。被害者には謝るつもりよ」
鈴家
「良い娘ぶってんじゃねぇよ!夜、男と遊びまくってんだって?その髪の色も、最近の頭の悪さも、それで説明つくわ!」
態度が豹変した。
ニカ
「え?何をいってるの?」
鈴家
「とぼけんな。さっきも居眠りこいてたし。可愛いからって何でも許されると思ってんじゃないわよ」
ニカ
「どうしたの…?」
鈴家
「その髪、何で許されてんだよ。先生にまでとりいってんだろ?天才?優秀?だから許されるわけ?教師連中も誘惑してるわけ?テメーは」
ニカ
「何を言ってるか、わからないわ、落ち着いて」
鈴家
「何で冷静ぶって上から目線なんだよ。もういいわ、テメー、もうクラスからハブられてっからな。話しかけんなよな。それと、その赤いリボン、前から思ってたけど、可愛い娘ぶってんじゃねぇよ。アイドルのつもりか。じゃあな!」
鈴家さん達は出て行った。
何が起きてるのか、わからないまま、私は立ちすくんだ。
鏡を見る。金髪、赤いリボン。
私はなぜが、赤いリボンが恥ずかしく思えてきた…。
あまりの突然の出来事に、あとから涙がこぼれてきた。
人が変わったような鈴家さん…。
文化祭の時は「ニカちゃん」て呼んで助けを求めていた。
あの事件だけで、こんなに人が変わるの?
いったい私はどうしたらいい?
どうしようもないくらい心が痛かった。
こんな状況で、クラスに戻りたくない…でも、戻らなきゃ。
クラスに入ると、皆は普通に騒いでいたけど、私は何も見ることなく、一直線に自分の席に向かい座った。
顔を両手で隠して、涙をこらえた。
なんで、私はこんな目にあってるの。
この場から離れたい。
次の授業は、さっきの鈴家さんの言葉がぐるぐる頭の中を回って、どうしようもない現実に、ただただ頭も心も痛かった。
昼休みー
いつもの学食のパンを買いに行くのも心が重かった。
いつもはあまり声をかけてこない
男子たちが声をかけてくる。
「おー!ニカちゃん!今度遊び行こ!なっ!」
「え?急に…そんな、無理よ」
「いいじゃん、遊びまくってんでしょ?なら今度遊ぼ」
「ごめんなさい、無理だから、じゃあ」
私は走って、その場を去った。
「それじゃあ、またね!ニカちゃーん」
遠くから聞こえてくる
「ニカちゃん、いまなら付き合えんじゃねえ?見たかよ、すげー可愛いかったなー」
「お前唐突過ぎんだよ笑」
まるで、タガが外れたように、感情をむき出しにしてくる男子の姿が増えてきた…。
私は、いつものパンを買って、誰もいない場所を探して走った。
ここから逃げたい。
新しい明日…?
お兄ちゃん、全然見えないよ。
私に、新しい明日なんて、全然見えないよ…。
その時、校舎の裏に、男子の誰かが連れ出されてるのが見えた。
「あれは、鬼竜くんたち?」
それと
「神村くん?!」




