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母娘の柩

「お顔を…見ていかれるとよろしいかと…」

医師はゆっくりと二人を処置室へと促す。

そこには椿が静かに目を閉じて横たわっていた。

「椿…?ねえ、君の冗談は…いつも過激すぎるってば…ねえ…起きてるんでしょ…?」

桂がふらふらと椿に歩み寄る。

「起きなよ…まだアトラクション、乗ってない…これからじゃないか…ねえったら…。」

医師は桂の肩に手を置くと再びゆっくりと首を横に振った。

島谷は項垂れたまま動かない。

ただうわ言のように「守れなかった…百合子さん…俺は…」とぶつぶつ呟いている。

その場にいる全員が沈痛な面持ちで俯いている。


(死んだ…?椿が…?そんなこと…あってたまるか…まだキスの続きも…それからやりたいことも…沢山…)

そんな桂の思考を遮るかのように、椿の遺体は霊安室へと運ばれてゆこうとされていた。

桂は弾かれたようにその行く手を遮る。

「待って…!!待ってください…!!この子、すごい冗談が好きで…きっとそのうち起き上がって…ドッキリ大成功とか…ねえ…言うはずなんです…だから…だから…。」

医師は肩を震わせながら桂を宥めるようにこう言った。

「何名もの尊い命を…見送ってきた者として…はっきりと申し上げます…。もうこの方は動くことも…喋ることも…何も出来ない…天に召されたんです…」


島谷が桂に歩み寄り、そっと霊安室への進路を開けるよう促す。

桂は島谷に掴みかかり激昂しながらこう言った。

「島谷さん…!!あんたそれで…それで本当にいいのかよ!!?俺は認めない!!こんなの…絶対に認めない…ッ…!!」

島谷は桂の目をじっと見据えるとゆっくりと右手を上げ平手打ちを食らわせた。

パシン、という乾いた音が響く。

「甘えるな。現実を見ろ。これ以上縋るのは⸺椿ちゃんの尊厳を穢すのと同義だ」

そう言う島谷の目からもボロボロと涙がこぼれ落ちる。

(あ…。)

そこまでされて桂はようやく気づいた。これは独りよがりなのだと。覆らないものは覆らないのだと。

「帰ろう…。椿ちゃんを引き取る準備をしなくちゃ…」

うわ言のように呟く島谷に桂は一言、

「はい…」と答えることしかできなかった。



バー King's Cross。桂は島谷の部屋に導かれる。

雑多なものが溢れかえるその部屋に一つ、異質なもの。

オークだろうか。重厚な柩が一つ。

島谷はそれをゆっくりと撫でると口を開く。

「これはね…百合子さん…あの子の母親と同じ素材、同じ色…こっちに来てすぐに言われたんだ。もしも死ぬときは…ママと同じ柩で眠りたい、って…」

それを聞いて桂は柩にそっと触れてみる。

艷やかなキャメル色のそれは、ひんやりとして⸺中に入る者を待っているかのように佇んでいる。

島谷が再び口を開く。

「あの子は…分かっていたんだろう…いずれこうなることを…だから僕はそうならないよう…何がなんでも守れるよう…動いてきたのに…」


その時だった。

バーの扉がノックされる。

冷たくなった椿を乗せた寝台車が到着したのだ。

島谷は移送してきた人間に労いの言葉をかけると、共に柩を階下まで下ろすよう依頼する。そして椿の亡骸はぴったりと⸺オークの柩に納められた。

桂は椿の髪をゆっくり撫でると、カウンターに置かれたシェイカーに手を伸ばす。

そして⸺それをゆっくりと自らが持ってきたボトルシップに振り下ろした。

ガシャン、と音を立てて割れるガラス。

そのいくつかが桂の右手に刺さるが桂はそんなことは気にもとめず、狭いガラス瓶の中に8年間閉じ込められていた船を取り出した。


「桂くん、何を⸺」

驚いてそう言う島谷に向かい、桂はゆっくりと語りかける。

「これを…一緒に柩に…椿が迷わずお母さんのところに行けるように…どうか…。」

そう言い切ると桂は椿の胸元に小さな船を乗せる。

そしてゆっくりと椿の顔に近づくと、その唇にそっとキスをした。

「どうか…迷わぬように…。そして…言えなかったけど椿…僕も君のこと、好きだったよ…。」


外ではざわざわと叢雲が動き、太陽が再び顔を出す。

バーの小窓から漏れる陽光に照らされた椿の顔はどこか微笑むようにとても安らかなものであった。



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