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命の波形

「…バイタル低下しています。早急な受け入れ態勢を。はい、最優先です」

救急車の中。隊員がスマートフォンでなにやら連絡を入れている。

椿は青ざめた顔で酸素マスクをつけられ、浅く息をしている。

「救急車が通ります。進路を開けてください。」そのアナウンスに道行く車の列は進路を開けてゆくが⸺1台の高級車が強引な追い越しをかけてきた。

「⸺ッ!」

椿の手をずっと握っていた桂はそれを見て立ち上がりそうになったが⸺救急隊員に宥められる。

「お気持ちはわかります。ですがどうか落ち着いて。彼女さんから目を離さないで…」


その瞬間だった。弱々しく波打っていた心電図が一度大な波を描いたかと思うと⸺無機質な1本の電子音と共に平らになる。

「椿!!!」

桂は声の限り叫ぶが、反応はない。

「おい、AEDだ!!早く!!すみません彼氏さん、一度手を離して…装着!早く!!」

椿の肌が露わにされ、パッドが貼られる。

「電気ショックが必要です。ボタンを押してください。」その音声に隊員たちは顔を見合わせると⸺そのうちの一人が一気にボタンを押す。

椿の体がビクン、と跳ねる。

「心臓マッサージ行きます!1....2.....3.......」

ストレッチャーが軋むほどに今度は椿の胸が圧されていく。

すると心電図は1本の線からまた弱々しい波を描き出した。

「蘇生しました…あとは彼女次第…なんとか…なんとか持たせますから…」


そう言われて桂は再び椿の手を強く握りしめる。

「だめだ…だめだ椿…俺はここにいるから…ねえ…!!」

ボロボロとこぼれ落ちる涙。額に浮かぶ脂汗。顔をぐちゃぐちゃにして桂は必死に椿に呼びかける。

一人の女性隊員が、いたたまれないと言うように顔を伏せる。

救急車はようやく海浜沿いの総合病院へと到着した。


椿がガラガラと処置室へ運び込まれるのを見送って、桂は処置室前のベンチへと座り込む。

程なくして⸺島谷が駆け込んできた。

「椿ちゃんは…?」

島谷は肩で息をしながら桂に尋ねる。

桂は大きく息を吐き、ゆっくりと口を開く。

「一度救急車の中で心停止して…AEDと心臓マッサージで蘇生したけど…バイタルがかなり…かなり危ういです…」

心停止。その言葉に島谷はぺたり、とへたり込むと処置室前の床を拳で思い切り殴りつける。

経年劣化もあるだろうが⸺アスファルトの床がミシ、と音を立てて亀裂が走る。

「何が保護者だ…何が守るだ…僕は…僕は…!!」

島谷はそう言うと頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる。

桂はゆっくりと立ち上がると島谷はに近づき、肩に手をおいてこう言った。

「でも…椿、一度蘇生したんです…あんな強い子が…死んだりするはずない…信じましょう…ね…?」

精一杯の励まし。うわずる声。

桂は島谷を促し、ベンチに座らせる。

ただただ二人の男の静かな祈りが⸺静寂の中音も立てずに流れてゆく。

先程までの暑さが嘘のような冷え冷えとした空間。壁にかけられた時計の秒針が脳に響くほどうるさく聞こえる。


いつまでそうしていただろうか。処置室のドアがゆっくりと開き、医師が出てくる。

桂も島谷も思わず音を立てて立ち上がり⸺医師の顔をじっと見つめる。

医師はそんな二人に憐憫の眼差しを向けると首を横にゆっくりと振った。

「13:16。手は尽くしましたが⸺残念ながら…ご臨終です…」

「…嘘、ですよね…?嘘でしょう…?だって蘇生して…」

桂はふらふらと医師に歩み寄る。

医師はそんな桂を手で制するとゆっくりとこう告げた。

「…救急車の中で蘇生したのが…奇跡だったんです…あのまま行ってしまってもおかしくなかった…。残念ながら…。もうどんなに手を尽くしても…息を吹き返すことはありません…」

医師のその言葉を聞くと島谷はふらりと壁によりかかり目から光が消え⸺そして、

「あああああああああ!!ああああっ…!!あああああ!!!!!!!!」

と獣の咆哮のような叫びをあげた。

桂はただ、その場に立ち尽くすことしか出来なかった。

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