落花
「ママ…どうして私のおめめを塞ぐの?椿お姉ちゃん…?さっきパパの声がした…」
喧騒の中ぽつり、と瀬里菜が不思議そうに尋ねる。椿は一度は崩れ落ちたが⸺よろりと立ち上がるとこう言った。
「なんでもねえよ…。プリンセス・セリナ…ちょっとした…マジックショーがあって…みんなびっくりしてるだけだ…。気にするほどの…ことじゃ…」
そこまで言うと椿は再び崩れ落ちた。
「椿!!!無理しちゃだめだ…!!ああ…血が…血が…!!」
桂はそう言うと着ていたシャツを脱ぎ椿の腹部に当てる。どんどんと赤く染まるシャツ。
椿は必死で首をミアの方に向けると、
「行きな…これ以上は目の毒だ…アタシは…いいから…」
それを聞いて弾かれたようにミアは瀬里菜を抱きかかえて走り出す。
警備員が駆けつけ正隆を取り押さえるが⸺正隆は未だに歪に笑っている。
「因果応報だ…報いだよ…このクソアマ…。」
その言葉を聞いた島谷は取り押さえられた正隆の頭を思い切り蹴飛ばした。その一撃で正隆は失神。
「椿ちゃん…!!ああ…救急車を呼んだから…どうか喋らないで…!!」
島谷は正隆の元を離れ椿に駆け寄る。
「あンだよ…大げさだな…このくらい…」
と椿が言った刹那⸺ゴボリとその唇から血が溢れだす。
「椿!!お願いだ、じっとして!!もう何も喋らないで!!頼むから…!!」
桂が涙を滲ませながら懇願する。
椿はふぅ、と息を吐くと、
「桂…顔見せて…?」と弱々しく口を開く。
「ここにいる!ここにいるから!お願いだから喋らないで!ねえ、俺はここにいる!どこにも行かないから…!!」
その瞬間だった。椿は残った力で右手を上げると桂の後頭部を掴み、そのまま自分の顔の真上に。そして小さく「あは…」と笑うと桂に口づけた。
桂の口の中に血の味が広がる。が、椿はお構いなしに舌を滑り込ませてゆっくりとキスを味わうように⸺目を閉じていた。
時間にして1分ほど。しかしそれは永遠のような永い永い時間。
椿は桂の頭から手を離すと力なく笑い、一言。
「あは…いただき…。どうせなら…死ぬ前に…好きな奴と…」
「椿!!なんて無茶を…死ぬなんて言うな!!生きるんだ!!そしたら…そしたらもっと…!!もっとキスできる!!ねえ!いろんなこと、出来るんだよ…だから…!!」
島谷は悲痛な面持ちでそれを見ている。
守れなかった⸺あの人の大切なものを。
警戒していたはずなのに。
誰よりも強く守ると誓ったはずなのに。
その時パークの広場に救急車が到着した。ストレッチャーに乗せられた椿が救急車へと運ばれていく。
救急隊員に「付き添いはどちらが?」と聞かれ、桂は躊躇わずにこう言った。
「俺が。この子は俺の恋人です。俺が一緒に。島谷さん、後ろからついてきてください。」
間もなく警察も到着して、正隆を拘束する。
救急車はサイレンを鳴らしながらパークを後にし、一路海沿いの総合病院へ。
現場に残る赤、赤、赤。
その量は素人にも致死量であるということを静かに物語っていた。




