情景と確信
午前10時を少し回った頃。
正隆一家は日差しを避けたベンチに腰掛けていた。
瀬里菜は未だしゃくりあげながらミアに抱かれている。
「アイス…もういらない…」
瀬里菜は力なくそう呟く。
自分だ。自分が⸺無辜のこの子を泣かせて失望させた。正隆は瀬里菜からストロベリーミルクのアイスを受け取ると、一息に齧り付いてこう言った。
「ごめんよ…。リトル・プリンセス…。さぁ、この魔法使いの力を見せてあげよう…ほーら…見る見る間にアイスクリームは魔法使いのお腹の中に!さぁ、リトル・プリンセス、このお腹を叩いてご覧?」
瀬里菜は小さな腕をそっと伸ばすと正隆の腹を小さくぽこり、と叩く。
正隆は裏声で「やぁ!リトル・プリンセス!!僕はストロベリーミルクの妖精だよ!魔法使いのお腹の中にいるんだ!!」とおどけてみせる。
瀬里菜は涙を拭うとゆっくりとミアから降りてもう一度ポン、と正隆の腹を叩く。
正隆は先程とは声色を変えて「やあ!リトル・プリンセス!私はラム・レーズンの妖精!魔法使いのお腹の中でストロベリーミルクの妖精とダンスをしているの!」と言いながら立ち上がり、その場でステップを踏みはじめた。
瀬里菜はみるみるうちに笑顔を取り戻し、笑いながらなんどもなんども正隆の腹をぽこぽこ叩く。
その様子を見てミアはふう、と溜め息をつくとこう言った。
「さあ、リトル・プリンセス?あまり叩くと魔法使いさん、お腹を壊してしまうわ。次はどこに行きましょうか?」
(…あ…。)
正隆の脳裏に遥か昔の記憶が蘇る。
(確か⸺あのときはラム・レーズンのアイスが食べ切れないと…母さんが言って…父さんがそれを豪快に平らげたんだったな…)
正隆の胸に熱いものがこみあげる。が、それを表情には出さず正隆は愛する妻と娘に声をかけた。
「レディたち。メリーゴーランドなんていかがかな?」
瀬里菜はぱっと目を輝かせて、
「メリーゴーランド!?わたし、たてがみがこのドレスの色と同じお馬さんに乗りたい!!いるかしら!?」
とはしゃぎだす。
正隆は「さぁ、それは行ってみてのお楽しみ。もしかしたらお馬さんだけでなくユニコーンもいるかも知れないよ?」と瀬里菜を抱きかかえた。
メリーゴーランドは比較的空いていた。
「パパ!あれ!ほらいたわ!私のドレスと同じ色のお馬さん!!」
そこには白を基調とした凛々しい目つきのたてがみが淡い水色の木馬が人待ち顔をして佇んでいた。
「やったじゃないか、プリンセス。さぁ、ママと乗っておいで。パパはここでお前たちの写真を撮りたいからね。」そう言って正隆はポケットからスマートフォンを取り出す。
木馬がゆっくり回転を始めると⸺妻のブロンドが風に靡いて、その腕に抱かれた娘はとても幸せそうに微笑んでいる。
(…あ…。)
再び正隆の脳裏に記憶が蘇る。
(確かあのときは…父さんがビデオを回して…)
若く精悍だった頃の父が手を振っている。瀬里菜と同じようにはしゃぐ自分。
「⸺ッ…。」
正隆は精神科病棟での父を思い出し、思わず顔を背ける。
(皮肉なほどに…同じことをして…)
正隆は辛うじて笑顔を作り直し、愛する妻と娘に手を振った。
メリーゴーランドから降りてきた瀬里菜は興奮冷めやらぬ様子で、正隆に手を引かれながら歩き始める。
と、その時だった。
正隆の耳にはっきりと聞こえてきた「philia」の声。思わず声の方向を振り向くとそこにはあの赤髪の⸺球体人間のタトゥーの女がカラカラと笑いながらクルーズ船の方向へと歩いていく。
正隆は杖をぎゅっと握りしめ⸺瀬里菜にこう言った。
「リトル・プリンセス。次は豪華客船の旅などいかがかな?」
瀬里菜はその提案にまたぱっと目を輝かせたが⸺正隆の声色がかすかに震えているのをミアはしっかりと察知していた。
遥か上空では、雲が一つ⸺太陽を覆うように動いていた。




