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ラム・レーズンと魔法使い

「パパ、ちょっと暑いね…」

瀬里菜はそのプリンセスの衣装のせいもあるのか、額に汗が滲んでいる。

「おっと、いけない。水分を⸺いや、プリンセス?アイスクリームはいかがかな?」

正隆がそう言うと瀬里菜は目を輝かせてぴょんぴょんと飛び跳ねながら「いいの!?やったあ!!パパ大好き!!」とはしゃいでいる。

ミアはそれを優しく制して「こら、瀬里菜。プリンセスはお行儀よくしなくちゃ。お行儀の悪い子はアイスクリームを食べる前に、悪い魔法使いに攫われてしまうわよ?」と宥める。

「悪い魔法使いなんか、パパがやっつけてくれるもん。ね?パパ?」と瀬里菜が無邪気に言うと、正隆は杖をぐっと握りしめて⸺「ああ、そうだね。パパは今、リトル・プリンセスのための正義の魔法使いなんだから」と優しい眼差しを向ける。握りしめた杖がかすかに、ミシ、と音を立てた。


その頃。パークについたばかりの椿たちは人の多さと暑さに辟易していた。

「あっちー…。なぁ、乗りたいものは山ほどあるけどさ…とりあえずアイスでも食わねぇ?」

椿がタンクトップの胸元をパタパタと動かす。

「いいね、賛成。桂くんは?」と島谷が桂を見やると⸺桂は直立不動で動けずにいた。

「あ?どーした桂。なんかあったか?」と椿が近寄ると桂は一歩後ずさる。

そして大きく息を吸うと、椿にこう言った。

「椿…その…見えてるから…あんまりそういうこと…しないで…」

椿の今日の服装は黒のタンクトップにデニムのハーフパンツ。足元は臙脂色のドクターマーチンのスニーカー。肩に軽く白いシャツをかけている。

パタパタと胸元を仰ぐたびに⸺見えてしまうのだ。タンクトップと同じ色の下着が。


指摘されて初めてそれに気づいた椿は、思わず赤面して「あは、あはは…」と誤魔化すように笑うと、「あちーのがいけねーよな、うん。そーだそーだ。」と肩にかけていたシャツを腰に巻いた。球体人間のタトゥーがあらわになる。

島谷は二人のやり取りを見て、一人ぽそりと呟く。

「若いねぇ…。」


アイスクリーム売り場は混んでいた。フォーク式に並ばされて、ようやく自分たちの番になる。

「「ラム・レーズンで」」

隣の男性と声が重なる。

椿がはたと右を向くと、声の主は驚いたように自分を見ている。椿の髪。そして右肩のタトゥー。

「…あ…」と漏れる声。

椿はそれを不快に思い、隣の男性に詰め寄る。

「あンだよ…。ジロジロ見やがって…なんか文句あんのか?ん?」

隣の男性⸺正隆はハッとして⸺そして口ごもりながら「いえ…」と顔を伏せた。


その時だった。

「パパー!わたし、ストロベリーミルクがいい!」

人混みに隠れて見えなかったが椿が視線を落とすと⸺そこには薄い水色のドレスをまとった少女が⸺いや、幼女が立っていた。頭にはティアラをつけている。

「へえ…」椿はしゃがみ込むとその幼子に声をかける。

「ハロー、プリンセス?可愛いじゃないか。お名前は?」

幼女⸺瀬里菜は戸惑いながらも答える。

「瀬里菜。わたしの名前は瀬里菜よ。お姉ちゃんは?」

椿はニッコリと笑うとこう答えた。

「アタシか?アタシは椿。プリンセス・セリナ。パパとはぐれないようにな?」

椿はようやく準備のできたラム・レーズンを受け取ると右手をひらひらと振り、立ち去ってゆく。


瀬里菜は興奮した様子で正隆に話しかける。

「パパ!さっきのおねえちゃん、かっこよかった…!!真っ赤な髪で…」そこまでいうと正隆は「五月蝿い!!」と声をあげた。

ざわついていたアイスクリーム売り場の客たちが一瞬シン…となり、視線が一斉に注がれる。

次の瞬間。瀬里菜の顔が歪み⸺たちまちに大粒の涙がこみ上げて、そして大声を上げて泣き出した。

正隆と瀬里菜を待っていたミアが飛んできて瀬里菜を抱き上げる。

瀬里菜は泣きじゃくりながら「パパ…パパが怒鳴ったの…!!私だけの正義の魔法使いって…言ったのに…!!」

ミアは正隆を睨みつけると極めて冷たい声でこう言った。

「あなた…この子が何をしたの…?あなたとアイスクリームを待っていたんじゃないの…?」


正隆は俯くと、うわ言のように「違う…違うんだ…瀬里菜…ごめんよ…パパちょっと…おかしかったみたいだ…」

両手に持ったラムレーズンとストロベリーミルクが暑さで溶けてゆく。

群衆が泣きじゃくるリトル・プリンセスを好奇の目で診てゆく。

溶けて滴ったアイスクリームは、乾燥した地面に涙のように吸い込まれていった。

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