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リトル・プリンセスと魔法の杖

深夜。

正隆はゆっくりと音を立てぬように起き上がるとそっと隣のベッドを見る。

軽くウェーブのかかったブロンドをなびかせて眠る妻と、妻の腕の中で眠る瀬里菜。

幼子独特のくるくるとしたくせのある⸺しかしサラサラの髪はナイトキャップにきちんと納められている。

正隆の脳裏に昼間の宗子の言葉が蘇る。

「血脈とは…なんて暖かいのでしょうね…」

正隆はそのまま静かにベッドを抜け出すと、静かにバスルームへと向かう。そしてスマートフォンを操作し、土屋へと電話をかける。

「もしもし⸺はい。こんな遅くにすみません。昼間はありがとうございました。瀬里菜もまた土屋さんと遊びたいと…はは、そうですね…。」

他愛ない会話。正隆は暫しの躊躇いのあと、話を切り出す。

「明日、テーマパークに行くことは先にお話してあると思いますが…はい。自宅の父の書斎に、鷲頭のアレがあるはずなんです。記憶にある限り…確か本棚の前に。アレを持ってきていただけませんか?」

正隆がそう言うと土屋は一瞬黙り込んだあとに、一言。

「坊っちゃん…アレは…」

正隆はそれを遮るように続ける。

「わかっています。ただ、父も…本来会うはずだった瀬里菜やミアと一緒に歩かせてやりたい…それ以外に他意はありません。」

沈黙。時間にして1分ほどだろうか。しかし正隆と土屋の間に流れたそれは永遠にも感じられる長さであった。

「畏まりました。それでは明日の送迎の際に。」

土屋がそう言うと、正隆は電話を切りまた元のように音を立てずベッドに潜り込んだ。


翌朝。

迎えに来た土屋は恭しくそれを正隆に渡す。鷲頭の繊細な装飾の施された杖。

それを見た瀬里菜は、目を輝かせて「わぁ…魔法使いのステッキみたい…!」とはしゃいでいる。

そんな瀬里菜の髪をなでながら正隆は「そう。今日は1日パパは魔法使いだ。だから…テーマパークについたら瀬里菜、お前には囚われのプリンセスになってもらおうかな?なんでも好きな衣装を買ってやろうね。」と笑いかける。

「本当!?パパ、大好き!」と飛び跳ねてはしゃぐ瀬里菜を見ながらミアが「あなた…」と声をかける。

正隆はミアの頬に軽くキスをして一言。

「いいんだ。せっかくの日本、楽しまなきゃ損だろ?」


正隆一家を乗せた車は土屋の熟練の運転で裏道を使いながら、開園前のパークへ。ほとんど一番乗りと言っていいだろう。簡単な手荷物チェックを受けるが⸺杖のことは何も言われなかった。

開園と同時に人がなだれ込む。平日だというのに相変わらずの人気だ。

正隆はミアと瀬里菜を庇うようにして、メインゲート近くの朝衣装屋へ。

「さぁ、瀬里菜。どれでもいいよ。どれが今の気分かな、プリンセス?」

正隆がそう促すと瀬里菜は暫しウロウロとした後に、

「これ…。」と淡い水色のティアラ付きのドレスを指差した。

「瀬里菜はセンスがいいね。これには魔法使いもびっくりだ。お会計をして着替えさせてもらおうね。」

正隆がそう言うと瀬里菜は「えへ…」と小さくはにかんだ。


同時刻。首都高。

島谷の運転するミニ・クーパーは渋滞にハマりノロノロと進まない。

「高速…ねぇ…。低速の間違いだろ、これ。」

後部座席で気だるそうに椿が舌打ちをする。

「はは…平日でもやっぱ…この有様だもんねぇ…」

島谷はそう言うとタイミングを見計らって左車線へ。

「ちょーっと遠回りだけど…こっちのほうが早いだろう。」そう言いながら降りた下道はとても狭く行き違いも難しそうだ。そこを裏道を熟知した大型ダンプが行き交っている。高速で影になっていてもその排気ガスが真っ黒に見える⸺悪路。

「島谷さん…正気ですか…?」桂は助手席で思わず固まるが島谷は意に介さず、「ん?こういうところだから、コイツが生きるんだよ」とニッコリ笑うと凄まじいハンドル捌きで高架下やトンネルを突き進んでいく。

(あ、この人ハンドル握ると性格変わるタイプだ…)

桂は心の中で呟いたが、後部座席の椿は「ヒューゥ!行っけー!!」とはしゃいでいる。

そうして開園から1時間後、ようやく一行はテーマパークに到着した。


一方で正隆一家はドレスルームで着替えを済ませ、髪まで結い上げてもらった瀬里菜を連れてパークを散策していた。頭には光るティアラ。瀬里菜はご機嫌の様子で時折くるりと回って見せながら正隆に尋ねる。

「ねえ、パパ。どう?わたし、本物のプリンセスみたい?」

そんな瀬里菜に正隆は傅くと小さな手を取って、

「みたいもなにも…瀬里菜、今日お前は本物のプリンセスなんだよ?ああ、プリンセス瀬里菜。今日はこの魔法使いめがあなた様をお守りいたします」とその小さな手の甲にキスをした。

ミアはそんな光景を微笑ましく見ていたが⸺視線はどうしても正隆の持つ杖に行く。

(お義父様の気持ちだけでも、と言っていたけど…でも…。)

ミアは頭を振ると瀬里菜の手を引き、こう言った。

「まあ、リトル・プリンセス。ママちょっと妬けてしまうわ。さて、どこから回りましょうか?」


快晴に映える淡い水色のドレスはふわりふわりと⸺小さな花のように揺れていた。

後にやってくる赤い気配など、微塵も感じさせないようにただ、ふわりふわりと。


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