片道切符
バー King's Cross。
眠りから覚めた二人はにやけ顔を隠せない島谷にひとしきりからかわれていた。
「ねえ、椿ちゃん…ああやって二人で寝ること…日本語で何ていうか知ってる…?同衾、って言うんだよ…?もう、おじさんの知らないところで桂くんったら…」
桂は真っ赤になって答える。
「あの…違くて!寝ぼけた椿に手首掴まれて…それで…起こすのも悪いから…えっと…なるべく触れないように…お邪魔させてもらっただけで…」
一方で椿は島谷を睨みつけながら震える声で問いかける。
「潤…お前…楽しんでるだろ…?いい加減にしねえと…ほんとにぶっ飛ばす…」
島谷はそんな二人を見てカラカラと笑うと、一言。
「若いっていいねぇ…。ま、事後じゃないのはよく分かってるよ。それより桂くん、君よくあの寝相に耐えられたね…。」
沈黙。の後に椿はガタンと音を立てて立ち上がる。
「潤…アタシ今…ちょいとばかりキレたぞ…?」
島谷は慌ててポケットを探るとなにかを取り出す。
「まあまあまあ。からかったおじさんが悪かった。これ…とあるツテから貰ったんだけど…みんなで行かない?」
島谷の手には都内で有名なテーマパークのチケットが3枚。
それを見た椿は思わず立ち上がって興奮気味に話し出す。「おい、マジかよ潤!!アタシ行きたくて…でもチケットバカ高いから我慢してたのに…!!」
桂もまた驚いたような顔をして島谷に問いかける。
「買えなくはないけど…入手困難ですよね…?どうして…?」
島谷はニッコリ笑うと「さて、どーしてでしょうか?夢と魔法の国の切符…もしかしたら魔法で手に入ったのかもね?」とおどけてみせる。
「行く。断然行く。ぜってー行く。なあ桂、行くだろ?」椿はもはや興奮を隠そうともせずに桂に詰め寄る。その剣幕に気圧されながらも⸺桂は笑いながら答えた。
「行かない理由がないよ、椿。しばらく出社停止だし。」
そんな二人のやり取りを見た島谷は、
「よし、決まりね。それじゃ明日にでも行っちゃいますか!」とチケットを大切そうにカウンターに並べた。
同時刻。
予約したホテルにチェックインした正隆一家はぐったりとした様子だった。無理もない。長時間のフライトに加え、正隆にはあれだけの衝撃が。そして何も聞かないが⸺ミアもそれを肌で感じ取っていたのだから。ただ幼い瀬里菜だけが、すうすうと寝息を立てて眠っている。
これからどうしようか⸺休暇はなんとか1週間もぎ取ってきた。多少の文句は言われたものの、家庭を重んじるアメリカ。事情を話せば申請はすんなり降りた。
都内の5つ星ホテル。内装もきらびやかで従業員も洗練されてはいるが⸺それでも重苦しい雰囲気は拭えない。
「あなた⸺」とミアが口を開きかけたときだった。
「マーマ…おしっこ…」小さな手で目をこすりながら起き上がった瀬里菜がミアの服の裾をギュッと掴む。
ミアはハッとして、そして⸺たちまち母親の顔に戻り瀬里菜に優しく語りかけた。
「瀬里菜?一人でいけるでしょう?それとも疲れて甘えん坊さんになっちゃった?仕方ないわね、今回だけ特別。行きましょうか。」
ミアが手を引いて瀬里菜をトイレへと連れて行く。
その後ろ姿を見送って⸺正隆は思考を巡らせようとしたが、一瞬の躊躇いの後やめてしまった。
今は、疲れきった家族に何かしてやらねば。
そう思いスマートフォンを取り出し何やら操作をすると、トイレから戻ってきたミアと瀬里菜にその画面を見せた。
「ミア、瀬里菜。日本に着いてきてくれたお礼に、ここに行かないか?」
スマートフォンにはテーマパークのチケット。そこにsoldの文字。
瀬里菜はそれを見るなり目を輝かせ、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら正隆に抱きついた。
「ぱぱ、だいすき!!ねえ、いいの?おばあちゃまとおじいちゃまのお見舞いは?」
正隆は瀬里菜を抱き上げるとその小さな額をコツン、と自分の額に当てて言った。
「おじいちゃまもおばあちゃまも休むことが大事だから、毎日行くと疲れちゃうだろ?だから、1日おきにしようね。明日はここでたくさん遊ぶぞ!OK?」
正隆は瀬里菜を抱き上げたまま、ミアの方を見る。
ミアの顔には躊躇いの色が出ていたが⸺はしゃぐ瀬里菜を見るとふぅ、と溜め息をついて一言。
「ありがとう、あなた…明日はたくさん汗をかきそうね。今のうちにこの子の着替え、用意しちゃうわ。」
(そうだ…こんなこと抱えるのは俺だけでいい…ミアと瀬里菜には…こんなことは…)
昼下がりのツインルームに響くはしゃぎ声とそれを見つめる美しい妻の横顔。
これだけは信じられる真実なのだと⸺正隆はただ二人を見つめていた。
愛する幼子と妻の姿は、部屋に下がる小さなシャンデリアよりもキラキラと輝いていた。




