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magic⸺それは焦燥を掻き消して

「…あの人を見てきたかい…正隆…。」

精神科病棟から戻った正隆とミアに、宗子はゆっくりと語りかける。瀬里菜は土屋にたくさん構ってもらったのか⸺またウトウトと宗子の腕の中で船を漕いでいる。

「見てきたも何も…どうして…父さんは…。」

正隆がやっとのことで声を振り絞ると、宗子はミアを見て、一言。

「ミアさん。眠る子どもというのは、どうしてこんなにずっしりとするのかしらね…?」

ミアはハッとして、宗子から瀬里菜を受け取りながら「お義母様、ごめんなさい…私…ちょっとびっくりしてしまって…お加減の悪いお義母様に…」と謝る。

「いいえ、苦ではないわ、ちっともね。」宗子はそう言うと正隆に向き直りこう言った。

「お前に話しておかなきゃならないことがある…ミアさんに話すかどうかはお前次第。そういうことだから、ミアさん。少し席を外していただける?」


宗子の個室には正隆、土屋、宗子の3人。

重苦しい空気が漂う。

まるでそこだけ重力が変わったかのような⸺そんな錯覚にすら陥る。

「あの人のしてきたことは…女遊びだけじゃない。私はそれを見て見ぬふりをしていた…詳しいことは土屋さん、あなたが一番分かってるわよね…?」

宗子の言葉に土屋はハッとすると、青ざめて⸺そしてゆっくりと口を開いた。

「あの方は…その…少々性癖が歪んでしまいまして…幼さを残した男性を…その…監禁して…痛めつけて…時には気まぐれに犯して…」そこまで言うと土屋は包帯の巻かれた頭を抑えて涙ぐむ。

「私の…私の責任です…知っていながらお止めすることができなかった…すべて…すべて私の…」


正隆は土屋の独白を聞くと思わず個室のトイレに駆け込む。嫌な汗がブワッと滲み…そして、そのままビチャビチャと音を立てて嘔吐した。

(父さんが…?あの父さんが…?パラフィリアだって言うのか…?)

息をハアハアと荒くして戻ってきた正隆に宗子は俯いて一言。

「土屋さんは何も悪くない…夫の暴挙を止めるのは妻の責務…。悪いのは私なんだよ、正隆…。」

正隆の脳裏に再び幼い頃の記憶が蘇る。

休みを利用して行ったテーマパーク。はしゃぐ正隆の姿をビデオにおさめる父の姿。

一通り遊び疲れたら⸺アイスクリームを食べて…あの時は…宗子が「もう食べられない」と行ったラム・レーズンの食べ残しを豪快に食べて…。

あのときの父は完璧な「家族の柱」だったはずだ。

それが⸺幼い容姿の男性を嬲り、犯す?

正隆の頭の中で「完璧な父」の姿がガラガラと崩れ落ち、先程精神科病棟で見たあの醜悪な姿へと変化していく。

「⸺ッ!!」正隆は信じたくないというように頭を振る⸺が。

宗子の俯いた淋しげな表情も、土屋の鎮痛な面持ちも今の言葉が嘘ではないということを明確に示していた。


「こんなこと…ミアや瀬里菜になんて言えばいい…?言えるわけがないだろう!?母さんも土屋さんも何で!!父さんを止めてくれなかったんだ!!」

正隆はそう叫ぶとハッとして⸺一言。

「俺か…?俺がカリフォルニアに行ってしまったから…?」

宗子はフルフルと頭を横に振るとゆっくりと口を開く。

「違う。それは断じて違うよ、正隆…。お前が向こうでキャリアを積むのをあの人は…とても喜んでいたのだから…。」

それだけ聞くと正隆は「今日は…ひとまず失礼するよ…また来る…少し考えたい…」

そう言って病室を後にした。


ミアと瀬里菜はデイルームで正隆を待っていた。瀬里菜はぐっすりと眠っている。

「待たせたね。なに、大した話ではなかったよ。少しばかり…うん、本当に少し…複雑なだけで…。」

正隆はミアにそう言うと「どれ、我が家のプリンセスはぐっすりと寝ているね…代わろう。」と瀬里菜をミアから受け取る。そのはずみでゆっくりと目を覚ました瀬里菜は、「パパ…?」と寝ぼけ眼で正隆を呼ぶ。

「ああ、パパだよ。待たせたね。疲れただろう?」

そう無理に笑う正隆を見て瀬里菜は不思議そうな顔をしてこう言った。

「パパのここ、おシワができてる…いやーなおシワどっかいけ、えい…!」

瀬里菜は正隆の眉間に軽くキスをすると「えへへ…おまじないだよ、パパ…」と正隆の肩に顔をうずめる。


正隆は瀬里菜を抱きしめると、ゆっくりとその小さな背中をポン、ポンと叩きながら、「そうか…瀬里菜は小さな魔法使いさんなんだね…パパ、少し難しいこと考えてて頭が痛かったんだけど…瀬里菜のおかげで吹っ飛んじゃったよ…お前は本当にすごいね…」

それを聞いた瀬里菜は「ウフフ…」と小さく笑うとあくびをして⸺再び眠りについた。


生ぬるい空調の重だるい空気が、まるでヨセミテの清浄な空気に変わったかのように⸺正隆は目を閉じてただ、瀬里菜を抱きしめていた。



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