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崩御

静かな時間の流れる宗子の病室。

宗子は涙を拭い、正隆に静かに告げる。

「あの人に…父さんに会うには…おそらく相当な覚悟がいる…瀬里菜ちゃんには見せないほうが…いいと、思うのだけど…」

正隆は宗子の言葉に思わず息を呑む。嫌な汗が背中を伝う。

宗子は瀬里菜にベッドに登るよう促して、そして再び口を開く。

「瀬里菜ちゃんは私が…土屋さんと見ているから…覚悟があるなら2階の精神科病棟へ行くといい…。何があってもどうか…どうか…気を確かに…」

正隆が振り向くと、ドアを背にしていつの間にか土屋が立っていた。

正隆はミアと顔を合わせると⸺ゆっくりと言葉を発した。

「分かった。土屋さん、母さんと瀬里菜を頼みます。」


二人は沈黙したまま精神科病棟へ。

エレベーターの中で沈黙に耐えきれなくなったミアが

「psychiatry…」とぽそりと呟く。

何が自分の父親に起きているのか。恐怖はある。だが⸺確かめなければならない。

精神科病棟へ着いた正隆は簡単な手続きを済ませると、父親の病室へ。

途中、点滴に繋がれた男がミアを見て下卑た笑いを浮かべたが⸺正隆はそれを睨みつけ、ミアの腰に手を回す。

案内をしていたナースが、一言。

「面会時間は5分。それ以上は無理です。」


5分。そのあまりの短さに正隆は息を呑む。

一体自分の父親に何が起きているのか。

ゾワゾワと恐怖が背中を駆け上がるが⸺思い切ってドアを開けるとそこに父親はいた。

確かに父親の正嗣がいた、が⸺手足を拘束され、ヘラヘラと涎を垂らしながら歪に笑う、かつての王のような威厳をまるで失った、壊れたおもちゃのような父親がいた。

「父さん…?」

正隆が声をかけると父親は、笑うのをやめ、じっと正隆とミアを見据える。そしてこう言った。

「お客さんですか…?外人さんもいる…。困ったな、僕、英語できないよ…」

その言葉に思わずミアを見やると⸺ミアは口に手を当て青ざめてカタカタと震えている。

肩に掛けたショルダーバッグがドサリ、と落ちて、中身が床に散乱する。

ハンカチ、瀬里菜のおもちゃ、そしてルージュ。

父親はそれを見ると顔を引きつらせ、

「ひぃっ…!!赤だ、赤…!!怖いよ!!赤が僕を殺しに来るよ!!母さん!!母さん!!」と叫び始めた。


「父さん!!!」

正隆の絶叫に近い叫びを聞いたナースがドアを開けると、一言。「5分は経っていませんがここが限界です。お引き取りを。」そう言って何かを父親に注射すると父親の目の焦点が合わなくなり⸺やがて、眠りについた。

やや強引に病室を追い出された正隆はまだ震えているミアの肩を抱き寄せると先程までのことを逡巡する。

歪に笑う父親。ミアの落としたルージュに過剰に反応した父親。「赤が殺しに来る」、確かにそう言った。


医師に受けた説明では心的外傷後ストレス障害⸺つまりPTSDだと言われたが、それであそこまで壊れてしまうものなのか?

どれだけ考えても思考は堂々巡り。

正隆は立ち上がると、スマートフォンで「東京 赤」と検索する。アパレルや飲食店の記事が並ぶ中に小さくそれはあった。


「東京の新たな都市伝説?赤髪の球体人間のタトゥーの女」の見出し。

そこをクリックしてみたが⸺リンクが切れていた。

「くそ…!」

正隆の苛立ちはひんやりとした精神科病棟の空気に飲まれていった。

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