血脈
正隆一家を乗せた飛行機が羽田に着いたのは日曜日の昼過ぎ。半日も飛行機に乗っていると流石に疲れも出る。
瀬里菜だけは子供特有の無尽蔵な好奇心とパワーで満ち溢れていたが。
空港内の小さなレストランで食事を取る。
瀬里菜にはお子様ランチに、アイスクリームを。
そして自分たちは腹を埋めるためだけに適当に⸺ランチプレートを。
正隆もミアももそもそと食べすすめていくが⸺味がしない。
「あなた…ごめんなさい。ちょっと私食欲が…」
ミアはそう言うとトイレへと向かう。
それを正隆は見送って大きなため息をついた。
「パパ!グランパとグランマに会いに行くんでしょう…?わたしね、グランパとグランマに会うの初めてだから…プレゼント用意したの!」瀬里菜が無邪気に笑う。
正隆は無理に笑顔を作りこう返した。
「へえ!瀬里菜、お利口さんじゃないか!何を用意したのかな?パパにも見せてくれる?」
瀬里菜はえへ、と照れ笑いをしたあと、キャラクターの描かれた小さなリュックサックから何かを取り出す。
「本当はわたしの宝物だけど…グランパとグランマにもあげたくて…」
出てきたのはグミやキャンディーが目一杯詰まった瓶。
それを見た正隆は目頭が熱くなるのを堪えながら瀬里菜を抱きしめて「そうか…。父さんも母さんも喜ぶよ…お前は本当に…本当にいい子だね…」と囁いた。
本来であれば宗子が迎えに来ているはずだが⸺いくら電話をかけても繋がることはない。
おかしい。一体何が起きている…?
ミアも不安げに正隆に尋ねる。
「お義母様…どうしたのかしら…?」
と、その時だった。
「すみません、正隆坊っちゃん…いや、坊っちゃんは失礼ですね…お久うございます。土屋です。」
そこには頭に包帯を巻いた土屋が立っていた。
「ドライバーの…土屋さん…お久しぶりです…あの、母は…?」
正隆がそう尋ねると土屋は顔を伏せ声を振り絞る。
「お母様…宗子様は…昨夜お倒れになられ…お父様と同じ病院で処置を受けております…。代わりに私がお迎えに上がった次第です…。」
父につぎ母まで⸺正隆の頭の中はいくつもの疑問で埋め尽くされる。なぜ?どうして?昨夜は声は震えていたものの⸺なんとか気丈に話をしていた母が…何故…?
「あなた…顔色が…」
満腹で眠ってしまった瀬里菜を抱いたミアが震えながら声をかける。正隆は思わずハッとして⸺そして土屋にこう返した。
「土屋さん。病院までの案内を頼みます。チャイルドシートはありますか?」
車は一路羽田から新宿方面へ。
チャイルドシートに乗せるとき多少ぐずりはしたが、瀬里菜はよく眠っている。
車内には重苦しい雰囲気が漂っている。
もうすぐ6月がやってくる都内の空気と同じような、じっとりとした不快な重苦しさ。
「土屋さん。」正隆が口を開く。
が。土屋は一言。「私から申し上げられることは何もございません。奥様にまずは会われて、お話をされるのがよろしいかと…。」
その声は雇用主の息子である自分すら牽制する重さを含んでいて⸺正隆は黙りこくる。
そうこうしてる内に、車は都内の大病院へと到着した。
受付で入館証を受け取り、一家はまず母親の宗子の部屋へ。消毒液の匂いがツン、と鼻を掠める。
すっかりと目を覚ました瀬里菜は、例の小瓶を抱えてそわそわとしている。そしてミアにこう尋ねた。
「ご挨拶は…はじめまして、おばあちゃま、でいい?ねえママ…ちょっとドキドキしてきちゃった…」
そんな瀬里菜の髪を優しく撫で、ミアはゆっくりと答える。
「そう…そうね、とても上手。おばあちゃまもきっと…喜ぶわ…。」
宗子の個室の前で正隆は大きく息を吸い込み⸺そして吐くとノックを2回。
中から、「正隆…?」と弱々しい声が聞こえてきて、たまらずに正隆はドアをやや乱暴にあけた。
そこには⸺元々細身の母が更にげっそりとやつれ、真っ白な顔色をして点滴に繋がれていた。
「母さん…!」
思わず駆け寄ろうとする正隆を宗子はそっと手で制して、ミアと瀬里菜の方を向く。
「よく来てくれたわね…ミアさん…それに、はじめまして。あなたのおばあちゃまですよ、瀬里菜ちゃん…。」力なく微笑む宗子に瀬里菜はおずおずと近寄ると、小瓶を両手で差し出してぺこりと頭を下げやや緊張を帯びた声で語りかける。
「宗子おばあちゃま、はじめまして。瀬里菜です。これは…おばあちゃまとおじいちゃまへのプレゼント…これ食べるとね、とっても幸せな気持ちになって…とっても元気になるから…」
そんな瀬里菜に宗子は微笑みかけると、
「おいで、瀬里菜ちゃん」と声をかける。
トコトコと近寄ってきた瀬里菜の髪を撫で、宗子は目を瞑り⸺そして深い深いため息をついてこう言った。
「ああ…血脈というものは…どうしてこんなに温かいのかしら…ミアさん…この子を生み育んでくれて…本当に…本当にありがとう…」
その目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「おばあちゃま、どこか痛むの?」無邪気に尋ねると瀬里菜を見て正隆もミアも涙が込み上げて来る。
点滴が等間隔に落ちる、ト…ト…という音がそこにいる全員の心音のように響いていた。




