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眠れる美女⸺川端康成より

「あっはは…そっかぁ、もうバレちゃったかぁ…秘密にしておくつもりはなくて…おいおい話そうと思ってたんだけどね…」

土砂降りの中帰ってきた椿と桂を見て、島谷はカラカラと笑う。そして、スッと目を閉じるとゆっくりと開いて⸺桂に語りかける。

「不安にさせてしまってすまない。僕と椿ちゃんはphilia…あらゆる異常性癖で他者を傷つける者たちへの報復を裏稼業としてやっている。依頼があるときもあれば、僕らの独断でやることも…勅使河原の件は⸺独断だ。ごめん。混乱したよね…。」

そう言って頭を下げる島谷に桂は戸惑いながらもこう答えた。

「あ、あの…そんな…謝ってほしいとかそういうことではなくて…ほんとに…ほんの少しだけびっくりしただけで…こちらこそその…ありがとうございますというか…。」

あたふたと言葉を続ける桂に、島谷は頭を下げたまま。

と、その時だった。


「…ックシュ…!!」

島谷も桂もその音の発生源を同時に振り返る。

音の主は椿。肩が小刻みに震えている。

「ああもう…!そんなに濡れたから…ックシュン!!」

慌てて駆け寄ろうとした桂もまた大きなくしゃみを一つ。

そんな二人を見て島谷はため息をつき、一言。

「はい。君ら二人ともお風呂行きね。まずは椿ちゃんから。」


バーの1階の奥にある小さなバスルーム。椿がシャワーを浴びたあと、桂も暖かなお湯に打たれていた。

ほんのりと香るフローラルブーケの香り。椿のシャンプー、或いはボディーソープだろうか。

「なんか…ムズムズするな…さっきまでここ、椿が使って…」

桂はぽそりと独り言を言うと途端に顔が赤く染まっていく。と、同時に下半身に奔る疼き。

「…こんな時に何考えてんだ俺は…静まれ…頼むから…!!」

思わず頭をゴン!と壁に打ち付ける。鈍い痛みが自制心を取り戻す。が、妄想は消えてくれない。桂がシャワーを終えたのは30分後だった。


「桂くん…随分長いシャワーだったけど…大丈夫?なんかおでこ赤いけど…」

島谷にそう言われ桂は、「そ、ソウデスカネ…?」と思わず不自然な発音になる。

「ははーん…?」島谷が意地悪そうに笑うと桂の鼻先をつつき、

「さては、妄想とかしちゃった…?椿ちゃんの…」と色を帯びた声で囁く。

「して…!!ないです…多分…」と尻切れトンボのように答える桂に島谷は「ごめんごめん、健全なる男子にこんなこと言っちゃいけないね。」というと毛布を差し出してこう続けた。「少し寝ておいで。椿ちゃんは先に寝てる。あの子も相当疲れてたみたいだから…少し薬を飲ませた。君だから大丈夫だと思うけど…変な気は起こさないように、ね?」


何度か入った椿の部屋。そっとドアを開けてみると椿はベッドですうすうと安らかな寝息を立てていた。

「疲れたんだろうな…」

そう呟くと桂は椿の髪をそっと撫でる。

少し赤みの残る左頬。小さな絆創膏がいくつか。

「裏稼業、って聞いて驚いたけど…そうだよね…出逢いからしておかしかったもんな、俺たち…」

そう言ってソファへ向かおうとしたその時だった。

急に右の手首を掴まれて振り返ると、寝返りを打った椿が何やらむにゃむにゃと寝言を言っている。

「行くな…アタシの…そばに…なぁ……。」

その頬に伝う涙。夢と現実の間にいるのだろうか。

部屋にかけられたユニオンジャック柄の時計の秒針がやけにうるさく感じる。

「…椿…?」

そう声をかけるが応答はない。が、右手首はしっかりと掴まれたままだ。


(…島谷さん…手は、出しませんから…。)

数分の逡巡の後、桂は椿のベッドの空いたスペースにそっと潜り込む。手首はしっかりと掴まれたまま。

(…童貞の俺には…ちょっとしんどいというか…めちゃくちゃいい匂いするし…ああもう!!)桂は椿に背を向け必死に己の煩悩と理性を戦わせていた⸺その時だった。

「ママ…」

微かだがはっきりと聞こえたその声。

思わず振り返るともう一度。

「ママ……」


桂はゆっくりと⸺そして起こさないように掴まれた手首からそっと一本ずつ椿の指を離すとずれ落ちた毛布をかけ直し、その上からそっと抱きしめた。

毛布越しに伝わる体温。

椿の規則正しいゆっくりとした呼吸。

桂は片方の手で、トン、トンと幼子を寝かしつけるようにゆっくりと、そしてそっと毛布越しに触れる。

一定のリズムで、決して起こさぬように⸺。

その時だった。

「…あは…ママ…そこにいた…」

ふわりと椿の口から漏れ出た言葉。

桂はその言葉を耳にすると何故か胸が熱くなって⸺気づけば涙が流れ落ちていた。


(ママにはなれないけど…俺はここにいるから…)

そうしているうちに毛布の暖かみでみるみるうちに睡魔が襲い来る。

昼過ぎ。

二人を起こしに来た島谷が見たものは、桂に背中を抱かれ微笑みながら眠る椿と、椿の寝相の悪さにうなされている桂の姿だった。

雨はいつしか上がっていた。

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