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aquafic

土砂降りの月曜日。午前6時。

桂はスマートフォンの着信で目が覚めた。

「誰だよ…まだ6時…」

低気圧によるものか、微かに痛む頭を起こして画面を見る。着信は武藤からだった。

「…おはようございます…」と桂が言い切る間もなく武藤は電話の向こうで一気に喚き立てる。

「おい、川嶋!TVつけろ!!8ch!!」

TV…?寝ぼけたままの頭で言われるがままにTVをつけるとそこには⸺雨合羽を着たアナウンサーが銀座の高級クラブPapilioの前でなにやらまくし立てていた。

字幕には「Jack Tec重役 謎の負傷」の文字。

「Jack Tec…?俺の会社…?」


思わず跳ね起きて音量を上げる。

「…昨夜未明、こちらのクラブPapilioにて何者かによる襲撃があったと見られ、警察による捜査が進められています。被害者は大手IT企業Jack Tec役員、勅使河原正嗣氏とそのドライバー古屋幸三氏、またこちらの支配人と…」

…勅使河原が…負傷…?

桂が画面に釘付けになっていると電話の向こうからまた声が響く。

「嫁さんに起こされたんだけどさ…やべえだろ…勅使河原って専務…だよな…?」武藤の声は強張っている。

間違いない。TVの画面の端にある顔写真はあのときの⸺鰻の記憶のその人、そのものだった。

「なんで…?何があった…?」桂が呟くと武藤はあちらで何やらガタガタと操作をして⸺そして再び口を開く。

「川嶋。PC開け。やべーメールが来てる」

言われたとおり大急ぎでPCを立ち上げるとそこには、


Jack Tec従業員一同

本日自宅待機されたし。取材が来ても一切応じないこと。応じた場合会社の不利益になるものとして相応の処罰を下す。


の短い文字が羅列されていた。


「おい、川嶋…?おい…聞こえてるか?なぁ」

桂はほぼ無意識に電話を切ると再びTVに釘付けになる。

「…なおこの店では非合法の過激な性的行為が行われていたと見られ、警察では支配人を取調べるとともにホステスやその他従業員にも聴取を…」

そこまで見ると桂はTVを消し、外の雨を見る。

ザーザーと強く降る雨が桂の思考を鈍くする。

「…会社…ないなら…昼飯買ってこないと…」そう呟くと桂はのろのろと立ち上がり、寝間着の上にパーカを羽織り、コンビニへと出かけていった。


コンビニで適当にパンや弁当を詰め込むと、桂はのろのろと来た道を戻る。頭の中は何故で埋め尽くされている。

もう少しでアパート、というところだった。

待ち構えていたかのように数人の人間に囲まれた。その顔はギラギラと好奇心で満ちていて…とても下賎に見える。

「こちらムジTVです。Jack Tecの関係者の方ですよね?少しお話を伺いたく⸺あ、ちょっと!!」

冗談じゃない。これ以上あの下品な男のことで振り回されてたまるか。桂は報道陣に半ば体当りするようにして間をかいくぐり、アパートまで走る。

「待って!待ってください!!一言だけでも!!」そう言いながら追いかけてくる報道陣をチラ、と振り返ると桂は持っていたビニール傘を畳み、投げつけた。

「うわ…!」

後ろで何人かの悲鳴が上がったがそんなことは関係ない。桂はひたすら走って⸺アパートの駐車場で無様に転倒した。

膝から血が流れ出ているがそんなことはどうでもいい。

後ろを振り返る。報道陣たちはついてきてはいない。


「あーあ…ドロドロ…財布まで吹っ飛んで…」桂はゆっくりと体を起こし、地面にぶちまけられた荷物を拾い集める。

と。財布から何かはみ出しているのが見えた。

「…あ!!」桂は財布を慌てて拾う。はみ出していたのはバー King's Crossの島谷の名刺。

「ああ…!!」

桂はまるでそれが唯一無二の宝物であるかのようについてしまった泥をはたいていく。

その時だった。

名刺の角にぼんやりと、何かが滲んでいる。

文字だ。だが読むことはできない。

桂は意を決して名刺をそっと水溜りに浸すと、そこに浮き出たのは⸺


philiaの始末承ります


「philia…の…始末…?じゃあ、専務を…やったのは…?」

桂は雨の中ただ立ち尽くしていた。答えはそこにあるのに、頭がそれを受け付けない。あの温厚な島谷が自分に見せない顔を持っていると思うと急に寒気がして⸺桂はその場にへたり込んでしまった。


5月下旬のすえた匂いの雨が叩きつける中、桂はただただ、答えの出ない答えを探し続けていた。

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