Humpty Dumpty
⸺Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again.
Humpty Dumpty sat on a wall,
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses and all the king's men
Couldn't put Humpty together again...
「さて…と。」深夜のバーKing'sCross。
Closedの札をかけた島谷はぐっと伸びをして⸺そして隣にいる椿を見る。
椿は黒革のグローブに軍用ブーツを履き、準備万端。
島谷は⸺防弾チョッキを身に着けて、腰には特殊警棒。
「椿ちゃんに、分かってるね?前回の失敗で分かったと思うけど無策で潰せるPじゃない。」島谷が慎重に椿に声をかけると、椿は「分かってる」と一言返し、左の掌に右手で拳を打ち込む。
「リストを洗い直した。勅使河原正嗣⸺少なくとも5人。幼い容姿の成人男性を食い物にしてる。これは罰するに値する。法で裁けないなら僕らが。」
そう言った島谷に椿は舌打ちをして⸺そして吐き捨てるようにこう言った。
「ド変態のパラフィリアが…ぶっ潰してやんよ…」
その頃。タワーマンションの一室で勅使河原はあの夜のことを思い出してギリ、と歯軋りをしていた。
「生意気な小娘が…。たった1匹でこの私を潰そうなど…。」
あの日から勅使河原は完全リモートで自室に篭っていた。勅使河原正嗣。妻子あり。妻の宗子との仲は完全に冷めきっている。息子の正隆も家を出て久しい。
と、そこに宗子が入ってきた。
「あなた。お寝にならないの?私は勝手に休ませていただくけれど…」その言葉は極めて淡々と、事務的であった。
勅使河原は宗子の方をチラ、と見やると「勝手にしろ」とだけ言ってウイスキーを呷る。
宗子はふぅ、と溜め息をつくと一言。
「お遊びも大抵に。おやすみなさい。」そう言って去って行った。
「クソ…ムシャクシャする…」勅使河原はそう呟くとドライバーの古屋に連絡を入れる。「Papilioに行く。車を用意しろ。」
高級クラブPapilio。人通りは皆無。
いつものように事前に連絡を受けた支配人が勅使河原を出迎えるために店の外で待機していた⸺その時だった。
「動くな。」
背後から男の声。気づけば足音もなく忍び寄られて喉元に特殊警棒を当てられていた。
「動かなければこちらも穏便に済ます。」島谷はそう言うと椿に合図を送る。椿は店の中へ入ると、黒服相手に向かってゆく。黒服たちも相当の手練ではあったが⸺椿のほうが上手だった。3名の黒服を失神させるまでに10分足らず。
嬢たちの悲鳴。シャンパンやグラスの割れる音。
「何!?なんなの!?」愛海がヒステリックに叫ぶと椿はテーブルの上から愛海を見下ろし酷く冷たい声でこう言った。
「女と、一般の客に用はねえよ。巻き込まれたくないなら出てけ。」
勅使河原を乗せた車はクラブPapilioへ。
様子がおかしい。いつもならあの慇懃無礼な支配人と媚びへつらった愛海が出迎えるはずだ。
「何が起きている…?」
勅使河原はスマートフォンで店に電話を入れるが、誰も出ない。灯りは煌々とついているのに。
古屋が「勅使河原様…何か様子がおかしいです。私が見てきます。」そう言ってドアを開け入り口へと向かったその時。ヒュ、という鋭い音と共に古屋はその場に崩折れた。
「古屋!?おい!!」思わず車から飛び出そうとして勅使河原は思い直った。
このまま出ていけば自分も危ない⸺。
それならば。
そうして後部座席から運転席へ移動しようとしたときだった。
フロントガラスが勢い良く割られる。ピシ、と入ったヒビが粉々になってこちらへ降り注ぐ。
思わず腕で顔を覆ったが⸺その腕を物凄い力で掴まれた。
「あは。変態パラフィリア、ゲット。よう、オッサン。」
そこには黒髪のウィッグと茶色のカラーコンタクトを外した椿が、ボンネットの上に立っていた。
「お前…ッこの…クソアマ…!何が目的だ!金ならやると言ったはずだ!!」
そうして喚き散らす勅使河原を椿は一気に車外に引きずり出す。フロントガラスの破片が容赦なくその肉のついた顔を削ってゆく。
「目的…?あは、まだわかんねーのかよ、ド変態。」
椿はそう言うと勅使河原を地面に叩きつけ、そのまま⸺軍用ブーツの踵で思い切り股間を踏み潰した。
「がぁッ…!!ごッ…おお…!!」
股間をおさえのたうち回る勅使河原の尻を椿は更に蹴り上げる。
「なぁ、オッサン…アタシらの目的は…お前らphiliaを男として抹殺することなんだよ…警告したよなぁ?左耳の痛いの痛いの、忘れちゃったかな…?」
椿は恐ろしく優しい声で囁くと、最早動くこともできない勅使河原にとどめの踵落としを食らわそうとしたが⸺そこで島谷の制止が入った。
「殺しちゃだめだ、椿ちゃん。目的は達成。帰還するよ。」
サイレンの音が近づくPapilioを二人は全力疾走で後にする。椿はとても楽しそうに。島谷はそんな椿を見て苦笑いしながら。
警察が到着したとき、Papilioの前には泡を吹いて気絶している勅使河原と、開け放たれた「奥の間」。そして身動きの取れない支配人と黒服たちが転がされていた。
高く高く登った満月だけが、それを見ていた。




