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漆黒/ship

「Dad, please...forgive me...sorry...I'm so sorry...」

あの人に似たたおやかな黒髪とはっきりとした目鼻立ちの少女が震えている。

思わず頬に添えた手を離す。

「Sorry,Tsubaki…I'm…」

目の前の景色がだんだんと滲んで⸺

「はっ…はぁ…はぁ…ッ…」島谷は飛び起きた。

「夢…。クソ…よりにもよってあのときの…。」

島谷はそっとドアを開けると物音を立てずに階下へ。

そしてバスルームへと消えていった。


(大切にする、そう誓ったはずなのに⸺あのとき僕は…椿ちゃんに百合子さんを重ねて…)

唇が触れるか触れないかのキス、だった。

それでも。あのときの椿は明らかな拒絶を見せ、そして自分が刺してきた父親に許しを乞うたのだ。

(虐待されてたって…分かってた…分かっていたはずなのに…)

思わずバスルームの壁を力強く叩いて⸺ハッとする。

椿を起こしてはいないだろうか。

そっとバスルームから出て2階を確認する。物音はしない。椿は熟睡しているようだ。

ホッと胸をなでおろすと共に島谷は自嘲気味にボソリと呟いた。

「何が保護者だ…。」


日曜日。

「これ、喜ぶかな…俺からあげられるものなんてこれくらいしかないけど…。飾ってくれたらいいな…。」

桂は押し入れにしまわれていたものを取り出すと、丁寧に紙袋にしまい、椿にスマートフォンでメッセージを送る。

「遊びに行ってもいい?」

返事はすぐに来た。

「暇。来いよ」

それを見ると桂はクスリと笑い、誰もいないワンルームに「行ってきます」と声をかけ出かけていった。


11時過ぎ。バーKing'sCross。

桂は再び椿にメッセージを送る。

「着いたよ」

送るやいなや椿は飛び出してきた、が。

桂の目に写ったのは黒。漆黒の長い髪。

そして碧眼は茶色に変わっている。

桂はしばし唖然として⸺そしてようやく口を開く。

「椿…それ…どうしたの…?」


そんな桂を見て椿はカラカラと笑い、一言。

「あー…まぁ、なんだ。イメチェンってやつよ。変…かな…。」

服装もいつもの露出の高いものではなく、ノースリーブのギンガムチェックのワンピースに、球体人間のタトゥーを隠すようにボレロを羽織っている。

「変じゃ…ない…。って言うか…そっちもかわいい…似合うね、椿。」桂がそう言うと椿はポリポリと頭を掻いて、「ま、これはウィッグなんだけどな」と黒髪を外してみせた。

「お、桂くん。昨日ぶり。どうしたの?」島谷がひょっこり顔を出す。

桂は手に持った紙袋を島谷に手渡すと、

「これ、ここに置いてほしくて…雰囲気が合えば、ではすけど…」とはにかんだ。


外の暑さとは打って変わって涼しい店内に入る。

昨日掃除をしたのだろうか。床はピカピカに磨き上げられ光沢を放っている。

「何を持ってきてくれたのかな…ふふ…。」島谷が微笑みながら紙袋を開けると⸺そこには精巧にして緻密なボトルシップが、梱包材に巻かれていた。

島谷は息を呑みながら梱包材を剥がしていく。

一つ一つのパーツが、かっちりと噛み合って⸺堂々たる船が1隻、瓶の中で威厳を放っていた。

カビ一つ生えていないのは、きちんと塗られたニスのおかげであろうか。一つ一つのパーツは大きなもので5cm程度。小さなものは数mmほど。アイボリーのマストがパン、と張られたそれは、一つの美術品と言っても過言ではない。


「中学生のとき、賞をもらって…夏休みにじいちゃんに手伝ってもらったんですけど…どう…ですかね…」

桂がおずおずと尋ねると島谷は桂の両手を握り、

「Excellent!!すごいよ桂くん…これを…僕の店にくれるの…?思い出だって沢山詰まってるんだろう?」と遠慮がちに尋ねる。

「いいんです。」桂は短くそう言うと続ける。

「俺…あんなにいいスーツいただいて…何も返せないの歯痒くて…こいつも押し入れで眠ってるよりは誰かに見てもらったほうが喜ぶと思うんですよ、ね?」


椿はただただ目を白黒させて「すげー…タイタニックみてえ…桂、これどうやって作った…?」と頬を紅潮させながら尋ねる。

「うん?昔ながらの、ちまちまピンセット入れて組み立てるやり方。あの夏休みで初めての腱鞘炎を体験したけど…でも楽しかったよ。手伝ってくれたじいちゃんはもう…いないけど…」

桂がそう言うと島谷は桂に跪き、こう言った。

「サー・川嶋。ありがたく頂戴します。」

慌てて「いやいやそんな!大したものじゃないですから!」と手を振る桂を見て椿は一人、昨夜のことを思い出す。


(仕留め切れなかった…済まない、桂。このイメチェンもしばらく目をつけられないためのdisguise⸺仮装だなんて…お前に言えない自分が…悔しい…。)

「さあて!それでは立派な船を手に入れた我が店で、お祝いと行こう!ピザを焼くから待ってて、ね?」島谷がそう言ってキッチンに引っ込むとふわり、と桂の背中に柔らかなものが当たる。

「椿…?」

椿は桂を後ろから抱きしめ、そっと囁く。

「サンキューな…。お前の宝物…アタシ毎日磨くから、さ…」

その顔は見えないが、桂は回された腕にそっと触れると、「いいんだよ…。椿と島谷さんにしてもらったことに比べたら…」そう言ってそっと目を閉じた。


椿の顔にはただただ⸺言えないことへのもどかしさが漂っていた。


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