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Savile Row⸺世界にたった一つの

それから2週間。本当に恐ろしいほど、あっという間に過ぎていった。カレンダーは5月に入り、都内の緑地は青々と目に優しい季節。

桂は相変わらずSEとして毎日PCとにらめっこの日々であった。


(あー…疲れた…)

ようやく金曜日。その日は残業で遅くなり、アパートに戻ったのは22時過ぎ。のろのろとスマートフォンを取り出すと通知が2件。

1件は椿から。

「そろそろ遊びに来い。暇すぎる」

そしてもう一件は島谷から。

「お疲れ様。明日、開店前にバーに来れる?悪いんだけどワイシャツだけ持ってきてほしい」

桂は2人にそれぞれ明日行く旨を返信して、そのまま泥のように眠りについた。


翌朝。

10時過ぎ。もそもそと支度をして桂はバーKing's Crossへと向かう。

太陽はジリジリと容赦なく照りつける。

(季節バグってるだろ…これ…)

2週間前島谷と横浜の街中を歩いたときよりも遥かに暑い。アスファルトには逃げ水が見える。

バーまであと少し、というところで視界に飛び込んできたのは⸺赤。

「おっせえよ、この…!!」椿だ。

そのままハグされて勢いで尻もちをつきそうになるのをなんとか踏み止まった。

「ちょ…!椿!そんな格好で…もう!」

椿はチューブトップにフレアのパンツ、そして足元はドクターマーチンの厚底サンダル。

「そんな格好もこんな格好もあるかよ…このクッソ暑いのに…。ほら、行くぞ。潤が待ってる。」


「や。2週間ぶりだね、桂くん。」

横浜のあのスタイルとは違うTシャツにハーフパンツの島谷がニッカリと桂に笑いかける。

そのラフな姿もまた違う色気があって⸺やはり大人の男、をしっかりと主張している。

「しっかし、暑いねぇ…そんな暑い中悪いんだけど…西村さんから買ってきたものがあってね。ちょっと着てみてほしい。椿ちゃんの部屋、エアコン効いてるから、ね?」

そう言われてずっしりとした紙箱を手渡される。

「え…あの…」と躊躇う桂に椿は、

「アタシがエアコン効かせて待ってたのに…!」と凄む。

「わ、わかったよ!着ればいいんだろ!?もう…。」

半ば強引に2階へと押しやられ、箱を開けると⸺


そこには、シワ1つないスーツが一着。濃紺の主張し過ぎない、それでいてシックな色合い。

手触りはふわり、と肌に優しい。ウールだろうか。

恐る恐る、まず右袖を通してみる。

続いて左も。ぴたり、と桂の腕の長さにあったそれは⸺どこか懐かしく優しい匂いがした。

スラックスを履いてみる。

こちらもまたぴたり、とフィットして肌に優しい。

と。ノックの音がした。

「着れた?入っても?」

「おい、アタシが先だ、こら、潤!!」


「これは…すごいな。2週間でさせた仕事とは思えない…どうかな、桂くん…」島谷はまるで宝石を見るかのような目で桂を見つめている。

「うわ…かっけーじゃん…桂…鏡見てみろよ…」椿もまた目を輝かせている。

おずおずと勧められるがままに鏡の前に立つと⸺

そこにはスーツに着られていた自分ではなく、きっちりとスーツを着こなしている自分の姿が写っていた。

「島谷さん…これ…」桂が思わず島谷の方を見ると、島谷はにっこり微笑みながら、「プレゼント。桂くんが椿ちゃんと仲良くなってくれたお礼。遠慮せず受け取って欲しい。」あっけらかんとそう言った。


「ちょ…ちょっと待ってください…これ…フルオーダーってことですよね…めちゃくちゃ高いんじゃ…」と言う桂に椿が意地悪そうに耳打ちする。

(25万、だってさ。1ヶ月仕事を2週間でやらせたから更に割増…へへ…)

「にじゅ…!島谷さん、これ、俺…払います!払いますから…!!」

そう言う桂に島谷は近づき、そっと囁く。

「僕のメンツも、ね?考えてほしいな…」

「そうだぞ桂。潤の財布なら気にすんな。こいつ貯蓄魔だから。オラ、せっかくいいの着てんだ、シャキッとする!!」椿に檄を飛ばされて思わず背筋が伸びる。

「島谷さん…俺…ありがとうございます…。こんな…こんないいもの…」

そう言う桂の声は心なしか震えている。


「本格的な出番は秋、冬になると思うけどね…気に入ったかな…?」そう尋ねる島谷に桂は「気に入ったも何も…俺…言葉にならないです…こんな上質なもの…本当に…ありがとうございます…!!」

その様子を見ていた椿は「桂、ちょいこっち来い」と手招きする。

「何?椿…?…!!」

「はは、あったけーしやわらけーな、これ。」

気がつくと桂は椿の腕の中にすっぽりとおさまっていた。それを見て島谷はそっと部屋を後にする。

「つ、椿…!その…!恥ずかしい…」桂は耳まで真っ赤になって小さく抗議したが、椿は意に介さず桂を抱きしめたまま、小さく囁いた。

「似合ってる、ほんとに…。良かったな、桂…。」

桂はしばし固まっていたが⸺やがて自らも手を伸ばし、椿の背中に回した。

「ありがとう、椿…。嬉しいよ…。」


そしてお互い目を閉じて、それぞれの感触を暫しの間⸺預けあっていた。



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