Tears in Heaven
⸺Would you know my name if I saw you in heaven?
Would it be the same if I saw you in heaven?
I must be strong and carry on
‘Cause I know I don’t belong
Here in heaven…
昼下がりの King’s Cross 。
椿はレコードに針を落として、ゆっくりとそれに聴き入っていた。
彼女の崇拝するエリック・クラプトンの「Tears in Heaven」。不慮の事故で愛する息子を亡くした彼が、想いを込めて作った珠玉の名曲。
「たまんねえよな…このアコギのさ…キュッて鳴る音…」
ジンジャー・エールのグラスに刺さったストローをくるくると弄びながら椿はすぐそばでグラスを磨く島谷に話しかける。
「椿ちゃん、この曲は⸺」
そう口を開いた島谷を遮り、椿が続ける。
「わかってるよ。コナー坊やの悲劇がなければできなかった曲、だろ?切ない…なんて言葉じゃ片付けらんねぇ…よな…。」
「なぁ。」椿が続ける。「ママとコナー坊やは…今同じところに…いるのかな…」
島谷は椿の前にクラッカーを置いて、1言。
「椿ちゃん、天国ってね…概念なんだよ。だからそこにいると椿ちゃんが思えば…百合子さんやコナーくんの魂はそこで永遠に…幸福でいられる。そういうもんじゃないかな。」
島谷の言葉を聞くと椿は立ち上がり、棚からロリポップ・キャンディを一つ取り出して口に含むと
「ファッキン・ジーザス・クライストだよ、潤」と吐き捨てるように言った。
椿と島谷の視線が交差した⸺刹那だった。
ドンドン!ドンドン!
King’s Crossのドアがけたたましく叩かれている。身構える椿をそっと手で制し島谷がドアへ向かう。
「お客さん、すみません。うちは18時から⸺!!桂くん!?」
ドアの向こうには汗だくで顔面蒼白の桂が息を切らして立っていた。
「すみません、俺…」と言いかけた桂に椿が駆け寄り「おい!どうしたんだよ!仕事は!?顔色が…桂、何かあったのか…?」と問いかける。
「椿…俺…俺は…。ごめん…。」桂がやっと言葉を絞り出すと島谷が「桂くん。理由はあとでいい。今落ち着くものをなにか作るから、横になって。」
椿の部屋のソファに横になりながら桂は先程までのことを思い出していた。
ふわふわのうなぎ。
「何も見なかった」と警告にも似た念押し。
触られた感触。
ぞわり、と鳥肌が立つ。
(気持ちが悪い…心底…)
と、その時だった。
「入るよ」と、島谷の声。
「カモミールティーだ。すぐ飲めるようにアイスで淹れてきた。気持ちが少しは落ち着くはずだよ。」
桂はそれを受け取ると一口。
ふわり、とした香りが口いっぱいに広がり、喉を癒やしていく。気づいたら夢中になって飲み干していた。
そんな桂を島谷は少しホッとしたように見ると、桂にこう言った。
「何があったかは、君が落ち着いてから⸺あるいは話したくなったら聞く。それと、これ。」
手渡されたのは黒い厚手のTシャツと、清潔に洗われたタオル。
「ひどい汗だ。体を拭いて着替えるといいよ。椿ちゃんも心配してる。落ち着いたら降りてきて。」
そう言って島谷は去って行った。
「俺は…こんなに…優しくしてもらえる人間じゃない…価値のある人間じゃないんです…島谷さん…」
桂の目に堪えていた涙が溜まって、ベロアのソファにシミを作っていく。
「椿…ごめん…俺は…汚い…。君の友達でいる価値なんて、ない…。」
そう呟いたときだった。
「おい。誰がなんだって?」
そこには島谷の制止を振り切って階段を駆け上がってきた椿が立っていた。
「椿…」桂がその名を呼ぶと椿はツカツカと桂の元に歩み寄り⸺そして胸ぐらを掴んでこう言った。
「友達の価値?なんだそりゃ。いいか、よく聞けよ。1回しか言わねぇ。アタシは!!桂と友達になれて嬉しかった!!桂は違うのかよ!!価値とか関係ねえよ!!アタシが選んだ。何があっても桂はアタシの⸺友達だと…思わせてくれよ…頼むから…」
伏し目がちになった椿の顔を小窓から漏れる春の光が照らす。
(あ…)
その顔はあのときの…Laylaを聴いたあとの鎮痛な面差し。
「悪い。感情的になりすぎた」そう言って椿は掴んでいた桂のTシャツを離すとドアをそっと閉めて階下へ戻って行った。
「俺…俺は…ごめん…。」
そう呟く事しかできない桂を、先程まで椿の顔を照らしていた春の光が優しく包んでいた。




