7話 再開と希望
すいません。予約投稿の時間がずれていました。
学校へ着くころには、霊山の中で不安は焦りに変わっていた。
校門の前には教師が数人立ち、生徒たちへ「校内待機」「勝手に外へ出るな」と何度も声を張り上げている。普段ならだらけた朝の空気が流れている時間のはずなのに、今はどこを見ても落ち着かない顔ばかりだった。
それでも、学校そのものはまだ壊れていない。
校舎も、教室も、見慣れたままそこにある。
そのことに少しだけ安堵しながら、霊山は2階の教室を見上げた。
あそこに、茜と剣がいる。
会いたい。
無事を確かめたい。
けれど、どうやって。
教室の中へそのまま入れば、たぶん騒ぎになる。
人間から見える以上、いきなり現れればクラス中が悲鳴を上げてもおかしくない。せっかく会えても、それでは何も伝えられない。
なら、まずは剣だ。
鋭い奴だ。あいつなら、気づくかもしれない。
霊山は校舎の外壁沿いを滑るように上がり、自分たちの教室の窓の外まで移動した。教室の中では、みんな席についているのに、ざわつきが収まっていない。担任はまだ来ていなかった。
茜は自分の席でスマホを握っていた。
柳葉剣は椅子を斜めに引いて、少し落ち着かない様子で周りを見渡していた。
霊山は窓枠の影へ身を寄せ、剣がこちらを見る瞬間を待った。
1秒。
2秒。
落ち着かない時間だけが長く感じる。
やがて剣が、何気なく窓の外へ目を向けた。
その瞬間、霊山は右手を上げた。
手の甲を見せて、指を2本だけ立てる。
それから、親指で上を指す。屋上に2人で来てくれという意味だ。
幼いころ、秘密基地ごっこみたいな遊びをしていた頃はよくジェスチャーだけでやり取りをしていた。剣なら分かってくれるはずだ。
剣の表情が止まった。
だるそうな顔が、一瞬で剥がれる。釣り目が大きく見開かれ、窓の外の霊山を凝視する。
気づいた。
霊山はすぐに窓の外から身を引いた。
教室の誰かに見られる前に、屋上へ回る。
数分後。
重い鉄扉の前で待っていると、内側から足音が近づいてきた。
扉が開く。
先に出てきたのは剣だった。
その後ろに、茜がいる。
2人とも息を切らしていた。たぶん教師の目を盗んで来たのだろう。
そして、屋上の端に立つ霊山を見た瞬間、茜が息を呑んだ。
「……新」
その声が、胸の奥を直接殴ったみたいに響いた。
「目を盗んで、屋上来るのに手こずっちゃったわ」
剣がいつもと変わらない調子でお道化た。
それだけで泣きたくなるほどだった。
霊山は一歩、いや半歩だけ前へ出た。
茜はその場に立ち尽くしたまま、霊山を見つめている。
目を逸らさない。怖くないわけではないはずなのに、それでも逃げない。
「ほんとに……新、なの?」
霊山は強く頷いた。
それを見た茜の目が、たちまち揺れる。
「何があったの。何でそんな姿に――」
問いかけは途中で途切れた。
霊山が口を開いたからだ。
何か言わなければ。
せめて、大丈夫だと。無事だと。会えてよかったと。
けれど、やっぱり何も出なかった。
「…………」
無音。
喉に力を入れても、空気ひとつ震えない。
茜の表情が強張る。
剣が横から鋭く言った。
「もしかして…お前、喋れねえのか」
霊山は悔しさを噛み殺して頷いた。
剣は舌打ちしそうな顔をしたあと、わずかに目を細めた。
「やっぱそうか」
茜が霊山を見る。
悲しそうな、困ったような顔だった。
言いたいことは山ほどある。
新宿で門が出たこと。
黒狼がいたこと。
自分が死んで、でもこうしてここにいること。
それなのに、何ひとつ伝えられない。
剣が屋上のフェンスにもたれ、短く息を吐いた。
「とりあえず、今分かってることだけ言うぞ」
茜も頷く。
気持ちを切り替えるように、スマホを握り直した。
「ニュースで出てたんだけど、門は新宿だけじゃないの。都内だけじゃなくて、全国で同じようなのが出てる」
霊山は目を見開く。
新宿東口で街頭パネルを見て知ったことと一致する。
やはり、見間違いじゃなかった。
茜は続けた。
「あと、門の中に入った人の動画とか配信が少しだけ上がってて……中は街の中とか建物の中とかじゃなくて、全然別の場所みたい。ネットではもう“ダンジョン”って呼ばれてる。魔物を倒すとステータスが出るって噂もある」
ダンジョン。
あの黒い門の中が。
霊山の脳裏に、新宿東口の黒い門がよみがえる。
あれをくぐれば、別の空間へ繋がっている。
「先生たちも、まだ情報がぐちゃぐちゃで整理できてないみたい。だから生徒を外に出すなって……」
茜の声は震えていた。
それでも、霊山へ伝えようとしてくれているのが分かる。
「新宿で少女を庇い1人死亡、重傷者多数って…」
その一言に、3人の間へ重い沈黙が落ちた。
霊山は目を伏せる。
剣が髪をかき上げ、苛立たしそうに空を見た。
「くそ。喋れねえのが一番もどかしいな。説教しようって思っても言い訳もないんじゃな」
霊山は何も返せない。
その通りだった。
「なあ新」
剣がふいに視線を戻す。
「お前、ああいうステータスみたいなの見えてんだろ」
霊山は顔を上げた。
「門だの魔物だのが出て、お前もそんな姿になってるんだ。こんなファンタジーみたいなことが起きてるんだったら、進化とかそういうのもあるんじゃねえのか」
進化。
その言葉に、霊山の意識が引っかかった。
ある。
そういえば、あった。
進化ガイド。
ファーストデッドの称号を得たとき、確かにスキル欄にその文字があった。だが、直後から戦闘続きで、読む暇なんてなかった。
剣は言葉を続ける。
「今の姿じゃ喋れねえんだろ。でも進化先によっちゃ、喋れるやつもあるかもしれねえ」
茜も、はっとしたように顔を上げた。
「……それ、ありえるかも」
霊山の中で、何かが一気に繋がった。
喋りたい。
ちゃんと伝えたい。
茜にも、剣にも、家族にも。
無事だと。ここにいると。守りたいと。
その思いに引かれるように、青白い板が視界へ浮かぶ。
【ステータス】
名前:霊山新Lv02/20
種族:ゴースト
HP:12/12
MP:1/16
攻撃力:0
防御力:2
俊敏:14
魔力:12
スキル:霊体化/憑りつくLv1/闇魔法Lv1/物理攻撃無効/進化ガイド
称号:ファーストデッド
霊山はその中の一行へ意識を向けた。
進化ガイド。
次の瞬間、板が静かに切り替わる。
【スキル『進化ガイド』を起動します】
【検索条件を入力してください】
入力、と言われてもキーボードがあるわけじゃない。
けれど、霊山が意識した瞬間、その条件は自然に板へ刻まれていった。
【検索条件:発声機能を獲得可能な進化先】
板の文字が流れる。
【検索中……】
【該当進化ルート】
ゴースト → レイス → リッチ
【現在到達可能進化先】
レイス
【最終到達候補】
リッチ
霊山は、その文字をしばらく見つめた。
リッチ。
名前だけは知っている。
ゲームや物語の中で見たことのある、知性ある高位アンデッドの名前。
けれど今、その単語はただの知識じゃなかった。
喋れるようになる。
そのための道だ。
ただし、今すぐじゃない。
まずはレイスになり、その先にリッチがある。
霊山はゆっくりと顔を上げた。
茜が不安そうに見ている。
剣は腕を組み、じっとこちらの反応を待っていた。
霊山は、2人へ向かって強く頷いた。
何が見えたのか、2人には分からない。
それでも、その頷きだけで「何かを見つけた」のだと伝わったらしい。
「……あったの?」
茜が訊く。
霊山は、もう一度頷く。
喋れない。
でも、さっきまでとは少し違う。
何を目指せばいいのか、初めてはっきり見えたからだ。
レイス。
そして、その先のリッチ。
そこまで行ければ、本当に声を取り戻せるかもしれない。
ただ話すためだけじゃない。
もっと強くなって、茜や剣や家族を、この壊れた世界の中で守れるようになるために。
霊山は、自分の胸の奥に確かな目的が生まれるのを感じた。
喋りたい。
伝えたい。
守りたい。
だったら、進むしかない。
屋上の扉の向こうでは、まだ教師たちの慌ただしい足音が響いている。世界は壊れたままだ。何も解決していない。
それでも、立ち止まっているわけにはいかなかった。
まずは進化する。
とりあえず、リッチを目指そう。
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