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4話 レベルアップ


黒狼の内側で、荒い息と怒りが脈打っていた。


霊山はその体に憑りついたまま、目の前の黒狼へ意識を向ける。肩口を深く噛まれた黒狼は、血を流しながらもまだ倒れていない。牙を剥き、憑依体へ憎しみをむき出しにしていた。


そして、その少し離れた場所では、さっきまで人を追っていたはずの三匹目が、路上に倒れて動かなくなっていた。

先ほど多くの男たちがいるとこに襲い掛かったが、数の暴力でやられたのだろうか。真相は分からないが、俺にとってはいい知らせだ。


誰がやったのかを見る余裕は今の俺にはない。

今、倒すべきは目の前の一匹だ。



黒狼の首も、脚も、さっきまでよりずっと軽い。

全部を思い通りにはできない。だが、前よりも全然自由の利き方が違う。


なら、ここで仕留める。


目の前の黒狼が低く唸り、再び飛びかかってきた。霊山は憑依体の首と前脚へ意識を集中する。


受けるな。

横へ流せ。

そのまま喉を狙え。


憑依体の黒狼が地面を蹴った。正面からぶつかるのではなく、半歩だけ身をずらし、噛みついてきた相手の首筋へ横から食らいつく。


ぐしゃり、と湿った音。


牙が深く入り、相手の黒狼が悲鳴を上げる。だがまだ浅い。喉には届いていない。しかし黒狼は暴れ、爪で憑依体の肩と脇腹を引き裂いた。


その痛みの一部が、霊山の霊体へも鋭く返ってくる。


「っ……!」


声は出ない。

けれど意識が飛びかける。


【HP:7/10 → 5/10】


体力は残り半分を切った。

でも、止めるわけにはいかない。


今ここで憑りつくのを解除すれば、また人間へ襲い掛かるだろう。

それだけはさせられない。


霊山は痛みに耐えながら、憑依体の顎へさらに意識を押し込んだ。


離すな。

締めろ。

もっと深く。


黒狼の顎がぎち、と軋む。

相手の黒狼は必死に暴れるが、憑依体の首を振って食らいついた位置をずらし、今度こそ喉元へ牙をねじ込んだ。


ぶつり、と嫌な感触が伝わる。


次の瞬間、相手の黒狼の力が抜けた。


四肢が一度だけ大きく痙攣し、そのまま崩れ落ちる。血がアスファルトへ広がり、赤い目の光が消えた。


倒した。


その瞬間、青白い光が霊山の視界いっぱいに弾けた。


【レベルが上がりました】


【ステータス】


名前:霊山新Lv01/20 → Lv02/20

種族:ゴースト


HP:6/10 → 12/12

MP:0/12 → 16/16

攻撃力:0 → 0

防御力:1 → 2

俊敏:9 → 14

魔力:8 → 12


熱い。


削れていた痛みが一気に薄れ、空っぽだった内側に力が満ちていく。ただ元に戻っただけじゃない。器そのものが一回り大きくなったような感覚だった。


レベルアップ。


その実感と、目の前の敵を倒した安堵が一気に押し寄せる。


やった。


ほんの一瞬、そう思って気が緩んだ、そのときだった。


黒狼の内側に沈めていた自分の意識が、するりと浮いた。


まずい、と思った時にはもう遅い。


霊山の霊体は、憑依していた黒狼の頭部から弾き出されるように引き剥がされ、数メートル後方へ投げ出されていた。


世界が反転する。


気づけば、黒狼は自分の意思を取り戻した赤い目で周囲を見回していた。目の前の敵はすでに息絶え、残る獲物は近くで逃げ惑う人間たちだけだ。


しまった。


気を抜いたせいで、憑りつきが解けた。


霊山は反射的にもう一度飛び込もうとして、そこで気が付く。


たとえもう一度憑りつけたとしても、それだけじゃ倒せない。


今までみたいに攻撃の向きを変える相手は、もういない。

三匹目はすでに別の場所で倒れている。

目の前に残っているのは、この一匹だけだ。

さっきまで憑りついていた黒狼自体もかなりのダメージを喰らい瀕死のはずなのに。


どうする。


殴れない。

触れられない。

今のまま憑りつき直したところで、せいぜい動きをずらして時間を稼ぐのが限界だ。

その現実に歯がゆくなる。


倒す手段がない。


その認識が、回復したはずの霊山の内側を一気に冷やした。


黒狼が低く唸り、近くの人間へ顔を向ける。


まずい。


止めなければ。

でも、どうやって。


攻撃手段が欲しい。


闇魔法が、攻撃に使えれば――


そう強く思った瞬間、満ちたばかりのMPが一気に流れ始めた。


霊山は一瞬、何が起きたのかわからなかった。だが次の瞬間には理解する。


闇攻撃魔法だ。


今までは使えなかったんじゃない。

使えるだけのMPが、足りなかっただけだ。


霊山の前方で、闇が凝縮する。


黒い霧が、黒い泥が、細く鋭く収束していく。

刺し貫くためだけの形へ。


霊山は本能のように、それを黒狼へ向けて解き放った。


黒い槍が一直線に走る。


次の瞬間、黒狼の胸を正面から貫いた。


肉が裂け、骨が砕ける鈍い音。

黒狼の体が大きく跳ね、そのまま地面へ崩れ落ちる。


【闇魔法を発動しました】

【MP:16/16 → 0/16】


倒れた黒狼は、もう動かなかった。


これで、三匹とも終わった。


駅前にはまだ悲鳴と怒号とサイレンが満ちている。黒い門も消えていない。何一つ片付いていない。けれど少なくとも、この場で暴れていた黒狼たちは全滅した。


霊山はふらつく意識のまま、周囲を見渡した。


少し離れた場所で、1番最初に倒れた黒狼の近くに立ち尽くす人影があった。その足元で、青白い光が一瞬だけ灯った気がした。


それが何だったのか考える余裕はない。

今の霊山には、自分の視界に浮かぶ板を追うので精一杯だった。


【ステータス】


名前:霊山新Lv02/20

種族:ゴースト


HP:12/12

MP:0/16

攻撃力:0

防御力:2

俊敏:14

魔力:12


スキル:霊体/憑りつくLv1/闇魔法Lv1/物理攻撃無効/進化ガイド

称号:ファーストデッド



霊山は倒れた黒狼たちを見下ろしながら、ゆっくりと理解する。


今日この日から、世界は別物になった。


そして自分も、もう元の高校生には戻れない。


新宿駅前の中心で、黒い門は今も沈黙したまま口を開けていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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