28話 憑依
霊山は海の足元を見た。
右腕は使えない。
呼吸もまだ浅い。
無理をして立っているだけで、相当きついはずだ。
このまま歩かせても、いざという時に動けなくなる。
だからといって、ここで休ませれば危険も増える。
難しい。
海はそんな霊山の視線に気づいたのか、小さく肩をすくめた。
「分かってるわよ。足手まといに見えるって言いたいんでしょ」
霊山は反射的に首を横に振った。
そこまで露骨に思っていたわけじゃない。
いや、少しは思ったかもしれないが、全力で否定した。
海はその反応を見て、少しだけ笑った。
「妙に律儀ね」
そう言いながらも、左手でケースを開く。
小瓶、粉末、金属筒、魔石様々なものが入っている。
「さっきは、追われてて、余裕がなかっただけ」
海が、魔石と何か液体のようなものを取り出すと、材料が光り出して、緑の液体のようなものになった。
その液体を右腕の傷に塗っていく。
「止血剤よ。完全には治らないけど、一時凌ぎにはなるわ」
「っ……、ああ、やっぱり沁みる」
薬を塗っている傷口を見ると、爪痕ではない。
鋭い刃で断ち切られたみたいな傷だ。
霊山はそこで、改めて気づく。
これはオークやワイルドウルフにやられた傷じゃない。
海はその視線に気づいたらしく、少しだけ目を細めた。
「これ? さっきのオークじゃないわ」
顔をしかめながらも、海は手を止めない。
粉末を振りかけ、新しい布で巻き直す。
「ここへ来る前に、別のやつにやられたの。
見たことのない魔物だったわ。人型で、鱗があって、剣と魔法を両方使ってきた」
霊山はわずかに目を細めた。
海は傷を押さえながら続ける。
「正直、逃げ出すだけで精一杯だったわ……」
そこで少しだけ苦笑した。
「じゃあ行きましょう。5階層まで、できれば無駄な戦闘は避ける」
霊山も同意するように頷いた。
2人は慎重に3階層を進み始めた。
霊山が前。
海が後ろ。
霊山は壁の向こうの気配を探り、危険があれば先に確認する。
海は拾える素材や魔石を見逃さず、小さく解析しながら進む。
道中、魔石は集めていないのかと、海に聞かれたが、すり抜けるため持っていないので、首を振って伝えたら、勿体無いと残念がっていた。
途中、ゴブリンの群れを見つけた時は、霊山が憑りつき、音を立てずに1体ずつ潰した。
海はその隙に魔石を回収する。
通常の個体であれば、もう脅威ではない。
高干渉ならステータスも上がるし、速さも十分だ。
だが、海がいる以上、無傷で片づけるに越したことはない。
そうやって何度目かの通路を曲がった時だった。
霊山の足が止まる。
前方の空気が、少し違った。
霊山はすぐに壁際へ寄り、×の印を作った。
海も無言でしゃがみ込む。
そのまま、霊山だけで前へ出る。
そして見た。
通路の先。
少し開けた空間。
そこにいたのは、今まで見たどの魔物とも違う影だった。
人型。
深緑の鱗。
長い尾。
縦に裂けた黄色い瞳。
片手に剣。
そして空いたもう片手に、青白い水の塊を揺らしている。
見た瞬間に分かった。
さっき海が言っていたやつだ。
少し遅れて、海がこちらに来る。
俺1人で、偵察をしたかったのだが、うまく伝わっていなかったのか、それとも分かってて来たのか分からない。
海の顔から、わずかに血の気が引いた。
「……あいつ」
声が低くなる。
「間違いない。私の腕をやったやつよ」
次の瞬間、通路の奥から水の弾ける音がした。
まずい。気付かれた。
霊山が前を見た瞬間、水弾が飛んできた。
岩壁に叩きつけられ、水しぶきが爆ぜる。
ただの水ではない。
石を削るような勢いだった。
リザードマンがこちらに気づいている。
海が低く言う。
「水弾。直撃は避けて」
「近づけば剣、離れれば魔法。嫌な相手よ」
霊山は近くの取り付ける対象を探す。
しかし、このリザードマンを恐れてか、周りに魔物はいない。
魔物がいないと、取り憑いてステータスが上がることもない。
どうしようかと悩んでいると、海が話しかけてくる。
「中に入る対象がいないのか。私の体の中には入れないのか?」
言われてハッとする。今まで魔物にしか、取り憑きを使ったことが、無かったので考えることすらしなかった。
いける気がする。
ゴーストの本能がそう言ってる気がした。
俺は迷わず、海の体に取り憑いた。




